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Chapter 149

日曜日の出来事には触れない。


そういう約束をしたわけではないが、私も宮城も家へ帰ってきてからそのことについて一度も口にしていない。今まで通り暮らしていくなら変に触れない方がいい話題だとわかっているから、金曜日も土曜日もそのことについては話さずに過ごした。


でも、今日は意識せずにはいられない。

あの日曜日からちょうど一週間。

私たちは新しい日曜日を二人で過ごしている。


「お茶飲むけどいる?」


テーブルの向こう側、大人しく座っている宮城に声をかける。


「温かいの? 冷たいの?」

「どっちが飲みたい?」

「冷たいの」

「じゃあ、麦茶出すから」


私は立ち上がってグラスを二つ用意して、氷を三つずついれる。冷蔵庫から麦茶を出して注ぐと、涼しげな音が響く。


「はい」


私は二つのグラスのうち一つを宮城の前に置いて、自分の椅子に座る。


「ありがと」


宮城が静かに言って、麦茶を一口飲む。


「今日、どこにも行かないの?」

「昨日も言ったけど、行かない」


宮城が不機嫌そうな声を出す。

何度も聞いて悪いとは思うが、私が考えていた宮城の行動と違うから何度も確かめたくなる。


私の前から逃げ出すくらいだから、家へ帰ってきても避けられる。


そう思っていたから、日曜日は宇都宮と出かけるとか適当な理由を作って朝から家にいないと考えていた。それが文句も言わずに私の前に座っている。


気まずくないわけではない。

ときどき、今まで以上になにを話せばいいのかわからなくなる。きっと、それは宮城も同じで会話が不自然に途切れることがある。

それでも宮城は逃げ出さず、私たちは金曜日も土曜日もいつものように過ごした。今日だって一緒に朝ご飯を食べて、さっきお昼ご飯を食べ終わったところだ。


「そういえばさ、宇都宮とはどうなったの?」


金曜日も土曜日も、宮城の口から宇都宮の話は出てこなかった。

大学で宇都宮に会わないということはないだろうし、会えば私たちのことを話すことになるはずだ。そうなったら、私に「仙台さんのせいで酷い目に遭った」と文句の一つでも言ってきそうなのに言ってこない。


なにか言いたくない出来事でもあったのかと聞かずにいたけれど、自分が関わったことの結末がどうなったのかは気になる。


「別にどうもなってない」


なにかあったとしか思えない口調で宮城が言う。


「どうもなってないならそれでいいけど、宇都宮に私たちのことどう説明したの?」

「お金貸したのがきっかけで仙台さんに勉強を教えてもらうようになったけど、教えてもらってるって言うの恥ずかしかったから黙ってたって言っておいた。一緒に住んでるのを言わなかったのは、話したら高校の時のことも言わなきゃいけなくなるから黙ってたって言った」


脚色はあるものの、私が宮城に勉強を教えていたことは事実だ。放課後になにをしていたかの説明にもなるし、それを証明するように宮城の成績も上がった。

でも、黙っていた理由としては少し弱いような気がする。


「宇都宮、それで納得してた?」

「微妙。いつかもう少しちゃんとしたことを話さないと駄目だと思う。……どこを話せばいいかわかんないけど」


お金で命令されていた私よりも、お金で私に命令していた宮城の方が人に話しにくいだろうとは思う。


「まあでも、とりあえず納得してくれたんなら良かったじゃん」


問題の先延ばしでしかないが、今は宇都宮の優しさに甘えるほかない。


「良くない」

「なんで?」

「……舞香、ここに遊びに来たいって言ってた」


口の重さと内容からして、宮城が宇都宮の話を私にしなかったのはこれが理由だと思う。そして、宇都宮が話の内容が微妙でも納得することを選んだ理由でもあるはずだ。


「来てもらえば?」


深く追求しない代わりに出した条件のようなもの。

それがここに遊びに来ることなら、来てもらえばいい。


「無理。仙台さんとも話したいって言ってたし」

「いいじゃん。私も話したいし」

「……仙台さん、舞香と話したいの?」

「面白そうな子だし、気が合うかも」


高校時代は気がつかなかったが、宇都宮は話せば仲良くなれるタイプだと思う。たとえ仲良くなれないタイプだとしても、宮城のことで協力してくれたことに関してはもっとしっかりお礼を言いたい。


「友だちになるの?」


宮城が少し低い声で言って、私をじっと見た。

眉間に皺は寄っていないが、視線が痛い。


「なるかもね」


高校が同じでクラスが同じだったこともある。そして、ルームメイトである宮城の友人ということも考えれば、友だちにならない理由はない。問題は、宇都宮が私と友だちになりたいかどうかということだが、この家に遊びに来たいと言っているのだから親しくなってもいいと少しくらいは思ってくれているはずだ。


「仙台さん」


宮城が硬い声を出す。

あまり良い声ではない。

聞きたくない言葉を口にしそうだと思いながら「なに?」と聞き返すと、宮城がはっきりと言った。


「舞香は私の友だちだから」


わざわざ言われなくても知っている。

宮城にとって宇都宮は親友と呼べる存在だ。

その友だちをとられそうで面白くない。

そういう感情は理解できる。


理解できるが、それを私が自分の中で消化できるかは別問題だ。

私と宇都宮が接点を持つことを許したくないほど、宮城が彼女を大切だと思っていることに苛立ちを感じている。


「とったりしないって」


今、自分の中にある気持ちが宮城に伝わらないように、なるべく明るい声を出す。

私は水滴で濡れたグラスを手に取って、麦茶を半分ほど飲む。

冷たい液体が喉を通って、体の温度を下げる。

湿った手も冷たい。

でも、頭は冷えない。


今まで宇都宮に感じていた不可解な感情。


この感情の名前を知っていたのに、ずっと知らない振りをしてきた。


私は宇都宮舞香に嫉妬している。


宮城と一番親しくて、宮城が一番よく会う相手に嫉妬していることに気がつきたくはなかった。宇都宮がいい人だとわかっているだけに、この先この感情がずっとつきまとうということに気が重くなる。

宮城を好きだと自覚したせいで、今まで気がつかない振りをしていたものが目の前に出てくる。

私は小さく息を吐く。


友だちを大切だと思うことは当たり前のことだ。


自分に言い聞かせてみるけれど、波立った心は落ち着かない。

もう一度息を吐いてから宮城を見ると、当たり前のように目が合った。

二人で帰ってきた日から、宮城は私のことをよく見るようになった気がする。


「仙台さん、麦茶ほしい」


宮城にぼそりと言われてグラスを見ると、いつの間にか氷だけになっていた。私は立ち上がって、冷蔵庫を開ける。ペットボトルを取り出して、宮城の隣で空になったグラスに麦茶を注ぐ。


私たちは少しだけ無理をしている。


こういうときいつもの宮城ならもう部屋に戻っているのに、今日は席から立たずに私と一緒にいる。私もペットボトルなんかよりも宮城に触れたいのに、触れていない。


冷蔵庫にペットボトルを戻す。

どうしていいかわからない。

私たちは今までよりも深い関係になったはずなのに、ルームメイトのままだ。宮城がルームメイトという言葉を必要としているのなら残しておくと決めたのは私だし、無理をしながら維持する変わらない関係にほっとしてもいるけれど、もどかしさも感じている。


気持ちは散らかったままで、自分がどうしたいのかはっきりしない。整理整頓しようにも、どこから手を付けたらいいのかわからない状態だ。それでも、宮城が一緒にいてくれることが嬉しいという気持ちだけははっきりとわかる。


ルームメイトであっても、もう少し宮城に近づきたいと思う。


私は自分の椅子に座って、麦茶を飲む。そして、途切れた会話を繋ぐ言葉を探しながら宮城を見た。


Translation Sources

Original