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Chapter 151

以前よりも共用スペースで過ごす時間が増えた。

正確に言えば、意識的に仙台さんと一緒にいる時間を増やしている。

それは六月に入っても変わらない。


「宮城、食べ終わったらどうするの?」


仙台さんが夕食の明太子パスタをフォークに巻き付けながら、問いかけてくる。


「なにか飲みたい」

「じゃあ、紅茶入れる」


あれから仙台さんの部屋に行きづらくなっている。仙台さんも部屋に来ればとは言わない。彼女はすぐに部屋に戻らずに共用スペースにいるから、仙台さんと一緒にいようとすると共用スペースにいる時間が長くなる。


私はくるくるとフォークにパスタを巻き付けて、最後の一口を食べる。

ここでの暮らしを大きく変えたいわけじゃない。

仙台さんとこのまま一緒に暮らしていきたいと思っているし、ルームメイトでありたいと思っている。


その望みを叶えようと思ったら、彼女から逃げてばかりはいられない。多少ぎこちなくても一緒にいれば、元の私たちに近づけるはずだ。それに仙台さんの側にいると落ち着かないけれど、離れていても落ち着かないから一緒にいるしかない。


「洗い物、私がするから」


仙台さんのお皿が空になったのを見て、立ち上がる。


「ありがと。任せる」


私は二人分のお皿を下げて、水を出す。

じゃあじゃあと流れる水のように日曜日にあったことも流してしまえればいいけれど、仙台さんとの間にあったことを簡単に流して消してしまえるとは思えない。あの日のことは、忘れようとすればするほど強く意識してしまう。


仙台さんがどこに触れたのか、どんな声で囁いたのか。


記憶が蘇る。

彼女の手や唇の感触も、過去に仙台さんが私に何度も触れて、キスをしたせいで容易に思い出すことができる。


仙台さんも、私ほどではないにしても日曜日のことを気にしている。いつまでも引きずっていたら、ルームメイトとして四年間暮らしていけなくなる。


早く元に戻ればいい。

日曜日のことはもう終わったことだ。


私は洗い物を一つ一つ片付けていく。

お皿が綺麗になり、鍋が綺麗になる。

夕飯に使ったすべてを洗って、椅子に座る。


「仙台さん、終わった」

「じゃあ、紅茶いれるね」


そう言って、仙台さんが立ち上がる。

食事の後に紅茶を飲むと決まっているわけじゃない。オレンジジュースのときもあれば、麦茶のときもある。昨日はアイスを食べた。メニューはその時々で変わる。

なにを飲むかも食べるのかも関係ない。

ここに座っていることに意味がある。


「お待たせ」


仙台さんの声が聞こえて、私の前にマグカップが置かれる。


「ありがと」


紅茶を一口飲んでから、向かい側に座った仙台さんを見る。

彼女は昨日も一昨日もその前も、同じ顔をしている。

たぶん、変わらないようにしてくれている。


私たちの間にある気まずさを薄めるには、何事もなかったように過ごすしかない。だから、仙台さんは普段と同じように接してくれているのだろうけれど、今までとは違ってときどき距離を感じるから気になる。


今まで無遠慮に私に近づいてきていたくせに、近づいてこない。


仙台さんがなにを考えているか知りたくて彼女を見るけれど、いつもなにを考えているかわからない。

見てわかることなんて限られている。

知りたいことがあるなら言葉にするべきだ。

わかっているが、聞きづらいから彼女を見るしかない。


今までと同じようにしながら明らかに違う部分が仙台さんにある理由。


私にはその明らかな違いが何なのか言葉にすることができないけれど、その違いを知りたいと思う。でも、おそらく聞けばあの日のことに触れることになる。


「仙台さん、誕生日っていつ? 確か八月だよね?」


私は本当に知りたいことの代わりに、今まで知らなかったことを一つ聞く。


「そうだけど。急にどうしたの?」

「もうすぐだし、いつなんだろうって思っただけ」


私は随分長く仙台さんと一緒にいるのに、彼女の誕生日すら知らない。大したことではなくても仙台さんのことを知れば、本当に知りたいことの一端くらいは知ることができるかもしれないと思う。


「八月二十三日。八月の終わりだし、もうすぐってほどじゃないけどね。宮城は?」

「九月二十五日」


ずっと教えなかったけれど、今日は素直に答える。

仙台さんの質問に答えなくてもいいのなら、誕生日よりも家族のことを聞きたい。


去年の夏休み、彼女に家のことを尋ねて機嫌を損ねたことをよく覚えている。今も家族と連絡を取っているようには見えない。家庭環境に口を出すつもりはないが、気になっている。


仙台さんに家族のことを聞かないのは、同じことを聞き返されたときに自分だけ答えないわけにはいかないからだ。誕生日なら答えられても、家族のことはあまり話したくない。


「二十五日って乙女座だっけ? それとも天秤座?」

「天秤座」

「そっか。天秤座って社交的だって言うけど……」

「なに?」

「別に。社交的の意味について考えただけ」


仙台さんがくすくす笑う。

どう見ても私のことを社交的だと思っていない。


占いなんて適当だ。

人がみんな星座占いの通りなら、十二通りの性格しかないことになる。血液型なんて四つしかないから、占いをしたら四通りの人間しかいなくなる。


「仙台さんって、占い信じてるんだ」

「いいところだけ信じてる」


にこりと笑って、仙台さんが紅茶を飲む。

それから内容があるようなないような話をしているうちにマグカップが空になる。二杯目をいれてもらって、しばらくしてから私は立ち上がった。


「そろそろ部屋に戻るから」


マグカップを下げてからそう言うと、仙台さんが私のところまでやってくる。


「宮城」


柔らかな声で私を呼んで手を掴む。

そして、指先に唇をつけた。


一度許したせいか、あれから夕飯を食べたあとに部屋へ戻ろうとすると手にキスをしてくる。それは唇で触れるだけのときもあれば、指や手の甲を舐めてくるときもある。どういう触れ方にしても、この先ずっとしてもいいとは言っていない。でも、させない理由もないから好きにさせている。


これくらい平気だ。

過去に何度もしてきたことで、今は命令しなくても勝手に仙台さんがしているだけだ。


第一関節の上に湿ったものが押し当てられる。

今日はキスだけで終わりにするつもりはないらしい。

唇よりもはっきりと熱を感じる舌は指にぴたりとくっついて、第二関節に向かっていく。濡れていく指と舌の感覚に日曜日の記憶が繋がる。


平気だ。

大丈夫だ。


第一関節と第二関節の間、小さな音を立ててキスをされる。

舌先がまた指につく。

仙台さんの体温よりも手が熱くなりそうで、私は彼女の前髪を引っ張った。


「もうおしまい」


私がそう言うと、仙台さんが手の甲にキスをしてから顔を上げた。

こういうとき、仙台さんと距離を感じる。


ここから逃げ出して、最初に距離を作ったのは私だ。

その距離を自分で縮める前に、仙台さんが迎えにきた。今度は私の方から作った距離を縮められないかと思って一緒にいる時間を増やしてみたけれど、自分がしていることが正しいのかわからない。余計に距離を感じることをしているようにも思える。


今までの仙台さんなら、手にキスをしただけで終わりになんかしない。変なところでやめるから、いつもとの違いが気になる。今までと変わらないようにしたいなら、こういうときもそうすればいい。

舞香の家から帰ってきてからの仙台さんは回りくどいと思う。


私は仙台さんに背を向けて部屋へ戻る。

本棚に置いてある黒猫の前、自分の手をじっと見る。

仙台さんが触れたからといってなにもかわらない。

ただの私の手だ。


指に唇を押し当てる。

仙台さんが触れたときとは感覚が違う。

私はワニの背中からティッシュを一枚取る。そして、指を拭ってからベッドに寝転がった。


Translation Sources

Original