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Chapter 180

常にどこかが触れている距離が悪いわけじゃない。


仙台さんが大人しくしていてくれるなら、体のどこかがくっついているくらい気にならない。でも、大人しくしているつもりがまったくないのなら話は別で、私は余計なことばかりしてくる彼女を置いて部屋を出た。


冷蔵庫からサイダーとオレンジジュースを取り出して、グラスに注ぐ。

息を吸って吐いてから部屋に戻ると、仙台さんはベッドを背もたれにして座っていた。


「そこにいるなら、ドラマの続き見ようよ」


私はテーブルの上にグラスを二つ置いて、仙台さんの隣に座る。


「いいよ」


休み足りないだとか、キスさせてくれたらだとか、なにか言ってくるかと思ったら彼女は素直に私の提案を受け入れ、オレンジジュースを手に取った。一口ごくりと飲んでから、私の手を握ってくる。


程よい強さで握ってくる手は夏には温かすぎる気がするけれど、心地良い。


私は、ドラマの続きを再生すべくタブレットに手を伸ばす。でも、タブレットに手が届く前にスマホが鳴って、伸ばした手の進路を変更してスマホを取る。画面を見ると、亜美から『今日って仙台さんいる?』とメッセージが届いていた。


嫌な予感がする。


亜美も、舞香と同じように高校のときからの友だちだ。


舞香に仙台さんとルームシェアをしていることを話して、亜美には話さないというわけにはいかず、彼女にも話せることは話しておいた。気は進まなかったけれど、舞香と亜美が知っていて私だけが知らないことがあったらあまり良い気分にはならないだろうから、黙っておくという選択肢はなかった。


私は返事に迷って、仙台さんをちらりと見る。


亜美はルームシェアの話をしたときから、仙台さんと話をしたがっていたから「いる」と答えたらどうなるかは想像に難くない。


どうしよう。


私は「いない」と書いて、その文字を消す。

嘘はなるべくつかない方がいい。

今を乗り切ったとしても、どうせすぐに同じことが起こる。


意を決して『いるよ』と送ると、すぐに新たなメッセージが届いて返信する。何度かメッセージのやり取りをして、亜美が舞香と一緒にいること、二人が仙台さんの話で盛り上がっていたことがわかる。そして、最後に送られてきたメッセージを見て、私は大きなため息を一つついた。


「なにかあった?」


仙台さんが繋いだ手をぎゅっと握って、私を見る。


「……今、ビデオ通話しても大丈夫? 友だちが仙台さんと話したいって」


亜美の側には舞香がいるし、仙台さんは必要以上に私たちの関係について話したりはしないはずだから、話がおかしな方向に行くことはないはずだ。


わかっている。

わかっているけれど、不安だ。

できれば仙台さんには「話したくない」と言ってほしいけれど、彼女が私の頼みを断ることはほとんどない。


「大丈夫だけど、友だちって宇都宮じゃないよね?」


仙台さんが握っていた私の手を離す。

私は彼女の予想通りの答えに「別の子」と返して、亜美にメッセージを送る。すると、すぐにスマホが鳴って、通話ボタンを押すと元気の良い声が聞こえてきた。


「仙台さん、ほんとにいるの?」

「いるよ。ほら」


そう言って、仙台さんにスマホを向ける。


「本物だ」

「偽物いるみたいだから、それ」


仙台さんがくすくす笑いながら答える。


「あ、急にごめんね。志緒理から仙台さんのこと聞いて、話してみたくて無理言っちゃった。って、私、自己紹介した方がいいよね?」


自己紹介という言葉を聞いて、私は初めて仙台さんに亜美のことを説明し忘れていたことに気がつく。でも、仙台さんは当たり前のように言った。


「しなくて大丈夫だよ。白川でしょ。白川亜美」

「あれ? 志緒理から私のこと聞いてる?」

「聞いたし、知ってるよ。学校で宮城と一緒にいるところ何度も見たし」


仙台さんは私が話していないことを当然聞いているというように言うと、私からスマホを受け取って、亜美が矢継ぎ早にする質問に丁寧に答えていく。


この人は、どうしてなんでもそつなくこなせるんだろう。


舞香ともすぐに仲良くなったし、クラスが一緒になったことすらない亜美とも高校のときから友だちだったみたいに話をしている。

私と同じ人間だとは思えない。


スマホからは、ときどき舞香の楽しそうな声も聞こえてくる。仙台さんはさっきまで私の体を触っていたとは思えない爽やかな雰囲気で、二人と話をしている。今、私は名前を呼ばれたときだけ機械的に返事をする人形にしかなれない。


どれくらい四人で話したかわからない。

数分かもしれないし、数十分かもしれない。

よくわからないままビデオ通話が切られて、スマホが私の元に戻ってくる。


「仲いいね」


仙台さんがいつもより少し低い声で言う。


「友だちだし」

「……私は?」


ほとんど変わらない声色で、でも、今度は真面目な顔をして聞いてくるけれど答えは決まっている。


「ルームメイトでしょ」


これは、仙台さんが高校の卒業式の日に私にくれた言葉だ。

私たちが大学を卒業するまでの四年間一緒に住むための言葉で、今はそれ以外の言葉で私たちの関係を表すことはできない。


「他には?」

「元クラスメイト」

「他には?」

「元同級生」

「他には?」

「……なにか言わせたいことがあるの?」

「ない。なんとなく聞いただけ」


仙台さんは亜美と話していたときのように明るい声で言うと、私の手をぎゅっと掴んだ。


「仙台さん、痛い」


骨を砕くつもりかと思うくらい強く握られて、私は手を自分の方へ引っ張る。仙台さんは力を緩めてくれるけれど、離してはくれない。私に少し近づいて、当然の権利だというように頬にキスをしてくる。彼女の指が私の唇をなぞり、スマホが短く鳴る。でも、着信音に気がついていないように仙台さんが唇を重ねてこようとするから、私は彼女の肩を押した。


「待って。スマホ」

「後にしなよ」


私は、ほんの少しだけ不機嫌な声を出した彼女に唇を塞がれる。

キスは一瞬で唇はすぐに離れたけれど、私がスマホに手を伸ばそうとすると仙台さんがまたキスをしてくる。

慌ててスマホを見る必要はないが、邪魔をされると見たくなる。


「待っててよ」


仙台さんの肩を思いっきり押して、スマホを手に取る。画面を見ると、亜美から「さっきはありがと。仙台さんにも伝えといて」とメッセージが届いていて、私はそれに返信をしてから仙台さんを見た。


「亜美がさっきはありがとうって」

「楽しかったって言っておいて」

「伝えておくけど、なんでスマホ見るの邪魔したの」

「宮城とキスしたかったから」


仙台さんが躊躇うことなく答えて、指先で私の唇を柔らかく撫でる。指が離れると、すぐに唇がくっついてくる。

仙台さんはさっきよりも長くキスをしてから、繋いでいる手にもキスをした。


こういうとき、彼女はさっき亜美と話していたときとは別人のようになる。これは私だけが見ることができる仙台さんで、他の誰にも見せないでほしいと思う。


「後からでもいいじゃん」


私は繋がったままの手を離して、彼女の腕をぺしんと叩く。


「さっきキスしなかったんだからいいでしょ」

「さっきって、亜美と話してるとき?」

「そう」

「仙台さん、馬鹿でしょ。そんなことしたら、私、仙台さんって志緒理のなんなのって一生聞かれることになるんだけど」

「ルームメイトって答えればいいでしょ」


仙台さんがにこりと笑う。


むかつく。


言い方に少し棘がある。

私は抗議の意味を込めて、彼女の首筋に強く歯を立てた。


仙台さんは痛いともやめてとも言わない。

歯が柔らかな皮膚に埋まり、仙台さんの手が背中に回される。逃げられないくらい抱きしめられて、私は彼女の首筋から顔を離した。でも、仙台さんは私を解放してくれない。


「仙台さんっ」


強く名前を呼ぶと、背中に回っていた腕から力が抜ける。


「もっと噛んでもいいけど?」

「もういい」


私は彼女から少し距離を取って、ベッドに寄りかかる。


「どうせ噛むなら、夏休み中ずっと跡が残るくらい噛めばいいのに」


馬鹿みたいなことを言うけれど、彼女は怒ったりしない。どれだけ強く噛んでも、タオルで縛っても、体のどこを触っても、なにをしたって本気で怒らない。嫌がることはあっても、いつだって私がすることを許してくれる。


なんでもそつなくこなせて、私と一緒にいなくたっていいはずなのに、どんなことをしても私の側にいる。


「仙台さんのヘンタイ」


変態じゃないとしても変な人だ。

なにがあっても私に優しくしてくれる。

私は彼女の優しさを消費するばかりで、なにもできないまま過ごしている。


「自分でもそう思う」


仙台さんが小さく息を吐く。


「宮城」

「なに?」

「ルームメイトは私だけにしといてよ」

「言われなくても、他の誰かとなんか暮らせないし」

「約束ね」


そう言うと、仙台さんが私の小指を掴んだ。


Translation Sources

Original