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Chapter 202

宮城が私の夢を見ていた。

どんな夢かはわからないけれど、私が出てくるような夢を宮城が見るとは思っていなかった。


ベッドにダイブして、くるりと丸くなる。


宮城は私の夢を見たなんてことを教えてくれるような人間ではないはずで、そういう彼女が私に夢を見たことを教えてくれたと考えると、胸の奥が熱くなる。お風呂に入らなくてもバイトの疲れなんて吹き飛ぶ。


「葉月って呼べ、か」


宮城から聞いた言葉を呟いてみる。

気になる。

気にならないわけがない。

宮城から夢の話をもっと聞きたい。


でも、聞いてもあれ以上詳しく教えてはくれないだろうし、教えてくれても本当のことを言うとは限らない。せめて葉月と呼んだかどうかくらい教えてほしいが、忘れたと言っていたから覚えていたとしても教えるつもりはないということなのだと思う。


まあ、葉月なんて呼ばないよね。


夢の中でくらい葉月と呼んでほしいけれど、夢の中だとしても宮城が私の名前を呼ぶとは思えないし、呼ばなそうな宮城に落胆する。そして、夢の中で葉月と呼んだのなら、それはそれで落胆する。呼ぶのなら夢の中の私ではなく、ここにいる私を葉月と呼んでほしい。


宮城の部屋と私の部屋を区切る壁に手をつける。


隣にいるのだから、この部屋にもっとくればいいと思う。宮城の部屋に私が行ってもいい。夢の私と話すのなら、現実の私と話してほしい。


今日は共用スペースで私を待っていてくれたみたいだから、それは嬉しいと思う。できれば、もっと機嫌良く迎えてほしかったけれど、機嫌良くできなかった理由もわかる。


私が誕生日にあげたリップ。

あれを拾ったことが悪かった。

もっと言えば、リップが転がったこと自体が悪かった。


でも、リップが転がってきて良かったと思う。転がってこなかったら、宮城が共用スペースにいたことを、いつものようにたまたまそこにいたのだと思ったはずだ。


リップが転がってきたのに、宮城の唇にはリップが塗られていなかったし、リップを塗ろうとしていたようにも見えなかった。酷く慌てていて、様子がおかしかった。

理由もなくそこにいたようには見えなかったから、私を待っていたのかと尋ねた。


宮城は否定したけれど。


それでも待っていたと思い続けている私がいる。


きっと宮城は何度聞いても待っていなかったと答えるだろうけれど、私は何度否定されても待っていたという結論に向けて事実を組み立てていく。目の前にあった事実から今日の宮城のことを考えているのに、自分にとって都合の良い事実を導き出すために頭を動かしてしまう。そして、宮城が最後に私の服を引っ張ったりするから、邪な想いまで事実に混じろうとしてくる。


私は、はあ、と大きく息を吐く。


あれはキスをねだっているようにしか思えなかった。

でも、キスしなくて良かったと思う。


していたら、ルームメイトの枠の中にいる宮城を待っているよりも、枠の中から宮城を引っ張って、引き寄せて、捕まえたい私を心の中に閉じ込めておくことができなくなっていたはずだ。


まだ駄目だとわかってはいる。

宮城を待つべきだということも理解している。

無理強いをしたところで良い結果にはならない。


とん、と壁を叩いて息を吐く。


手を離して目を閉じて、さっきの宮城を思い出す。

ああいうことはほとんどない。

またキスをねだってほしいと思う。


私の服を引っ張る宮城は可愛いし、不満そうな顔も可愛く見える。今日も明日も明後日も何度でも見たい。


来てくれると言ってくれないけれど、バイト先に遊びに来てくれたら嬉しいし、来てほしい。


高校のときの文化祭は宮城のクラスに行くことができなかったから、宮城の大学の学園祭にも行きたい。


頭の中がぼんやりしてくる。

睡魔が見たい夢を連れてくる。


ベッドの上、眠るつもりはなかったのに時間の感覚が薄れていろいろな宮城が現れて消える。うつらうつら夢を夢だと認識しながら見たい宮城を見ていると、ドアを叩く音が目覚ましになって目が覚める。


体を起こして、ベッドから下りる。

ゆっくり歩いてドアを開けると、髪が濡れたままの宮城がいた。


「お風呂出た」


ぼそりと言って私を見る。

いつもの宮城は用件を伝えたら素っ気なく部屋に戻ってしまうけれど、今日は戻ろうとしない。私の前に立ったまま動こうとしないから、私の方から宮城に近づく。


「いい匂いする」

「お風呂入ったし」

「髪、乾かしてあげようか?」


濡れた髪を一房手に取って宮城を見ると、不機嫌そうな声が聞こえてくる。


「いい。自分で乾かす」


髪に触れている私の手が払い除けられる。


「ねえ、宮城」

「なに?」

「この匂いも好きだけど、シャンプー、私の使いなよ」

「なんで仙台さんのシャンプー使わなきゃいけないの?」


ピアスやリップだけでは足りない。

私を感じるもので宮城を満たしたい。

私と同じ匂いを身に纏って、不意に私を思い出したりしたらいい。

強くそう思うけれど、そんなことを言ったら宮城は絶対に使ってくれない。


「一緒に住んでるんだし、別々のシャンプー使うの不経済じゃん。勿体ないし、一つでいいでしょ」


私は、宮城が受け入れやすい理由を作って差し出す。


「……今のシャンプーもうすぐなくなるし、そしたら使う」


他にもなにか理由を用意した方がいいかと思ったけれど、しなくていいらしい。意外に宮城が私の提案をあっさりと受け入れてくれる。


やっぱり、今日の宮城はおかしい。


話すことがなくなったはずだけれど、部屋に戻らない。

夢の影響なら、今晩も見てくれたらいいと思う。


「宮城」


小さく呼んで手を掴む。

引き寄せて手の甲にキスを落とす。


お風呂上がりの宮城が呼びに来てくれるような生活を続けたい。


そう思うなら、もう一度手にキスをするくらいでやめておくべきだ。でも、私たちには、ルームメイトでいながらキス以上のことをする下地がある。過去にそういうことがあったのだから、宮城さえ許してくれればこの先に進むことができる。


ルームメイトのままでいいから。


その言葉を口に出したくなって飲み込む。

指先にキスをして、舌を這わせる。

天使と悪魔に分けるなら、悪魔に属する私が囁く。


今キスをして、腕を引っ張れば、すぐに宮城は私の部屋に――。


顔を上げて、宮城を見る。

不満そうに私を見ている彼女と目が合う。

手を離すと、宮城が私の服を掴んだ。


キスをしなかったら、こういう宮城を何度も見られる。そして、こういうことを続けていたら、宮城からキスをしてほしいと言ってくれるかもしれないし、それ以上のこともしたいと言ってくれるかもしれない。


「お風呂入ってくるから」


小さく告げて、宮城の頬にキスをする。

今日の私はあまりいい私ではないと思う。

くだらない下心に従って、服を掴む宮城の手を解く。


「おやすみ」


宮城が寝るかどうかわからないけれどそう言うと、不機嫌な「おやすみ」が返ってきた。


Translation Sources

Original