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Chapter 216

宮城は自分勝手だ。


こんなところに跡をつけられる私の気持ちを考えてはくれない。でも、そんな宮城を許しているのは私で、いつだって彼女を強く止めることができない。


「宮城って、私にルームメイトでいてほしいんだよね?」


私は太ももの内側を撫でる宮城の手を捕まえて、めくられたスカートを下ろす。彼女がこれ以上のことをするとは思わないけれど、いつまでもこんな場所を撫でられていたら私の理性がどうなるかわからない。


「そうだよ」

「だったら、ルームメイトらしくしてて」


ため息を一つついてから捕まえていた手を離し、ベッドから下りる。そして、宮城の隣に座って膝を抱えた。

最近、私がされていることは、ルームメイトという言葉を逸脱したものばかりだ。


ルームメイトは、今日のように太ももの内側にキスマークをつけたりはしない。


そういうことを望んでいる私がいるけれど、それは私がルームメイトという言葉を拡大解釈しているからで、その範疇にいたがっている宮城はそこからはみ出すようなことをするべきではない。私を強く止めるべきだと思う。


「自分だってルームメイトらしくしてないじゃん」


宮城が少し低い声で言って、私のスカートを引っ張る。


「するように、ある程度努力はしてる」


私はルームメイトではないものになりたいと思っているけれど、宮城が必要としているルームメイトという言葉に頼ってもいる。


宮城はときどき予想ができないことをする。

そんな彼女をルームメイトという言葉の範囲から無理に引っ張り出したらどうなるかわからないから、勇気がでない。


それなのに、私は強引にルームメイトの枠を拡げて、それを宮城に受け入れてほしいとも思っている。曖昧なままでいたがっている宮城を私に引き寄せ、陽炎のように不確かな気持ちを形あるものに変えたくて彼女を試さずにはいられないから、努力が中途半端なものになる。


「ある程度でも努力してたら、足舐めてって言わせようとしたり、私に足舐めさせようとしたりしない」

「それくらいで済ませたんだからいいでしょ。これでも配慮してる」


許されるなら、宮城をベッドに押し倒したいし、体中に唇をつけたい。余すところなく宮城のすべてに触れて、朝まで同じ時間を過ごしたいと思っているけれど、私の中にある不純な気持ちを寝かしつけ、彼女の意思を尊重している。


正確に言うなら、勇気が足りない私が理性を繋ぎ止めている。だから、勇気が足りないことを忘れさせるようなことをして、私の理性を飛ばすようなことはしないでほしい。


自分の理不尽さに気がついてはいるけれど、理にかなわないことをしているのは私だけではない。


「……それくらいで済ませたって、本当はなにするつもりだったの?」

「言ってもいいなら言うけど、言ってほしい?」

「言わなくていい」


不満があるとしか言えない声が聞こえてきて、私は宮城をじっと見た。


「キスマークつけてもいいけど、場所くらい指定させてよ」


何度もつけられた印は、私にあって当然のものになっている。あっても気になるが、なくても気になる。さっきつけられたような場所にまた印をつけられたら、印以上のものを期待しそうになるから止めてほしいけれど、違う場所にならつけてほしい。


「キスマークじゃないって言ってるじゃん」

「じゃあ、印。つける場所指定させて」

「……どこならいいの?」

「宮城はどこにつけたいの?」


静かに尋ねると手が伸びてきて、私の首筋にぴたりとくっついた。


「学祭のときにも首に跡つけたよね? ここ、目立つんだけど」

「ここがいい」

「目立つところにつけたい理由あるわけ?」

「……仙台さんは私のものなんだから私の好きにしていいでしょ」


声とともに首に張り付いていた手が離れ、代わりに宮城の唇がくっつく。ゆっくりと皮膚が吸われて、明日着るべき服が自動的に決まる。


私にとって逆らうことが難しいこの儀式は、彼女の言葉によって、進んで自分を差し出したくなるようなものになっている。


宮城に言われる『私のもの』という言葉は、好きだと言われているようで気持ちがいい。


それは、私のものになるつもりのない宮城の一方的な言葉で、チョコレートのように甘そうに見えるだけで甘くはない言葉だとわかっているのに、何度でも言ってほしいし、何度でも聞きたい。その言葉をもらうためなら、目立つ場所に印をつけられてもかまわないと思ってしまう。


首筋に顔を埋めている宮城の髪を梳く。

黒い髪がさらりと指から落ちて、皮膚を強く吸われる。


この跡は何日くらい残っていてくれるんだろう。


そんなことを考えていると唇が離れ、ついたであろう印を宮城の指が撫でた。


「宮城、私も跡つけていい?」


首筋を這う指を捕まえて、答えがわかっている質問をする。


「駄目」

「知ってる。宮城は私のものじゃないしね」


掴んだ手を離して、宮城のピアスに触れる。

プルメリアの花をなぞり、耳にキスをする。


宮城の幸せを願って選んだピアス。


このピアスを選んだときと今は確実に違う。

宮城は私のものになってはくれないけれど、私を自分のものにしたいと思ってくれている。それは大きな進歩で、私と宮城が近づいているように感じられる。だから、それでいい。


私を好きにならない宮城は許せるけれど、私以外を好きになる宮城は許せないと思っていた私は、彼女に近づけば近づくほど、私以外を好きになる宮城どころか、私を好きにならない宮城も許せなくなってきている。


ただ、まだ現状を維持することができる。

そう思っているけれど、少しくらいは目に見えるものがほしい。


「宮城。私のことを自分のものだって言うなら、ちゃんと私のこと管理しときなよ」

「管理ってなに? 私が仙台さんのこと管理する必要ってある?」

「あるよ。もっと宮城のものだってわかりやすくしなよ」

「どういうこと?」

「また首輪をつけたらってこと」

「首輪なんてつけたことない」

「あるでしょ」


私は立ち上がって、チェストの上からアクセサリーケースを持ってくる。そして、宮城からもらったペンダントを取り出した。


「これ、忘れてないよね? 宮城が高校のとき、私につけた首輪」


チェーンを持って宮城に見せると、月をモチーフにした小さな飾りが揺れる。


「首輪じゃなくてネックレスじゃん」

「首輪だよ。そういう意味で渡したでしょ、これ」

「……どうしてそう思うの?」

「さあ、どうしてだろ。自分の胸に聞いてみたら?」


そう言って彼女の心臓の辺りをつつくと、ぺしんと手が叩かれた。そして、宮城がなにも言わずにペンダントに手を伸ばしてくるから、私は奪われる前に手の中に隠した。


「このペンダント、宮城が自分で選んだんだよね?」


ペンダントを握った手を見せると、不機嫌な声が返ってくる。


「そうだけど」

「じゃあ、私のためにピアス選んで」

「なんでそういう話になるの」

「私がまたこれをつけるの嫌そうだから。宮城が選んでくれるなら、ピアスにしてもいい」

「ネックレスつけてなんて言ってないし、ピアスも選ばない」

「じゃあ、どうやって私のこと管理するつもり?」

「それは……」


宮城が口ごもって、視線を落とす。


気づいているのか、いないのか。

今、宮城は“管理”という言葉を否定しなかった。

それは彼女が本当は私を管理したいと思っているということで、私のものという言葉にはそういう意味が含まれているのだと思う。


「私は宮城に私を全部あげてもいいけど、あげただけでなにももらえないのは不公平でしょ。買わなくていいから、アクセサリー選ぶくらいしなよ」


宮城に手を伸ばして、ピアスを撫でて耳たぶを引っ張る。

アクセサリーという選択肢を提示したけれど、宮城が選んだものなら本物の首輪であってもかまわない。


「……ピアス選べばいいんでしょ」


宮城が渋々といった声で言って、私を見る。


「それでいいよ」


にこりと笑うと、宮城がぬるくなっているはずの私の麦茶を飲んだ。


Translation Sources

Original