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Chapter 248

重なった唇が沈黙を生み出す。


私の胸を覆っていた宮城の手が服を掴む。

キスをしている間は喋ることができないから、私に聞きたいことがあっても宮城は喋ることができないし、私はいつもとは違う宮城を彼女の中に閉じ込めておくことができる。


沈黙が続けばいいと思う。


口を塞ぐためのキスではあるけれど、もっと宮城を感じたくて舌先で彼女の唇をノックする。でも、私を招き入れるつもりはないようで、唇は引き結ばれたままだ。それどころか、足を踏まれる。

むぎゅりとそれなりに強く。


宮城に足を踏まれて嬉しい。


変態としか思えない感情だけれど、答えられない質問をされるよりは足を踏まれながらキスをしている方がいい。唇から伝わってくる熱だけでは足りなくて、さっきよりも強く舌先を唇にくっつけると、宮城が私を強引に押し離した。


「仙台さん、おかしい。なんで今そういうことするの」

「宮城だって急に人の胸触ってきたりしておかしいじゃん」

「触るってちゃんと言った」

「言ったことをしていいなら、私も言うから。もう一回キスする」


宮城ルールに則り、宣言してから彼女に顔を寄せる。

文句を言いかけた宮城の唇を塞ぎ、腰に手を回す。相変わらずぴたりと閉じている唇を軽く噛むと、さっきよりも強く足を踏まれ、私は宮城から離れた。


「喋れない」


むっとした声が聞こえてくる。


「喋らなくてもいいでしょ」

「……仙台さん、ここに座って」


いつも私が座る椅子を引いて、宮城が犬かなにかに命令するように指差すが、命令に従う義務はない。今の宮城には私に命令する権利がないし、命令に従わなかった結果、彼女の機嫌が悪くなったとしても、宮城という人間は大体いつも機嫌が悪いのだからどうということはない。


でも、今、私の目の前にいる宮城は良くない宮城だ。


キスで彼女の言葉を奪い続けたら取り返しがつかないほど怒らせてしまいそうで、言われた通り大人しく座ると「立たないで」と言われる。


「私にされたらやなこと、ほんとにないの?」


不機嫌な声が耳に響く。


「ないよ」

「なんでないの?」

「なんでって言われても」

「なんか言ってよ」

「……バイトをするなって言われるのは困るけど、言われたら嫌なことじゃなくて、されたら嫌なことなんだよね?」

「そう。されたらやなこと教えて」


そんなことを言われてもないものはない。

宮城以外にならされたくないことがあるけれど、宮城にされて嫌なことはない。好ましくないことはあるが、それも受け入れることができる。


「そんなことより、もっとちゃんとキスしたいかな」


宮城が満足するような答えを用意できない私には、誤魔化すという選択肢しか残っていない。


もちろん、宮城とキスしたいという言葉に嘘はないのだけれど。


「……されたらやなことが言えないなら、仙台さんが好きなものか、嫌いなものを教えてくれたらしてもいい。どれも言えないなら今すぐ自分の部屋に行って」

「どうでも良くない? そんなこと。私、宮城の好きなものを嫌いだって言ったりしないし、嫌いなものを無理矢理好きにさせたりしないよ」

「そういうことじゃない」

「そういうことじゃないなら、どういうこと? 宮城は私にどうしてほしいの?」


わからない。

宮城の質問は、私には難しすぎる。


動物園でのことを考えると「好きなものも嫌いなものも宮城と同じ」という答えは許されない。私にとっては正しい答えだけれど、宮城はたぶん納得してくれないだろう。そして、適当に答えても彼女には嘘だとわかってしまうはずだ。そうなると、私には口にするべき答えがない。


「ほんとのことを教えてほしいだけ」

「好きなものはキスかな」


キスがしたいと思う。

今は言葉を交わすよりも体温を交換している方がいい。その方が宮城のことがよくわかりそうな気がする。


「仙台さん、すぐそういうこと言う」


宮城の眉間に皺が寄る。

キスは許されそうになくて、私は視線を落とす。


なにか、なにか、なにか。

宮城が納得してくれる答えがほしい。


床を睨み、こめかみをぐりぐりと押さえつける。

不自然にできそうになる沈黙を「そうだなあ」という言葉で埋めながら、ぼそりと答える。


「……チーズケーキ」

「チーズケーキ?」

「そう。チーズケーキ好きだし、一緒に食べようよ」


なんでもないことのように付け加えて、視線を上げる。

レアチーズケーキでもベイクドチーズケーキでもいい。

どちらでもいいから宮城と一緒にケーキを食べたら、楽しい時間を過ごせそうだと思う。


「あと宮城もミケちゃんみたいで気に入ってる」


好きなものではなく、好きな人なら宮城だ。

でも、今あるすべてを失ってしまうかもしれない言葉を伝える勇気はないから、ミケちゃんの力を借りて本当の気持ちの百分の一くらいを伝える。


「そういう冗談いらない」


そうだよね。

知ってる。

そして、こうでなければならない。

本当の気持ちを伝えて、宮城が私から逃げるようなことがあってはならないと思う。


「納得したなら、キスしてもいい?」

「チーズケーキが一番好きなの?」

「一番? 一番かって言われると」


どうだろう。

よくわからない。


好きなものであることは間違いないが、何番目に好きなのか考えたことはなかった。そんなことよりも宮城の一番がなにか知りたいけれど、聞いてはいけないタイミングだということはわかる。


「一番好きなものを教えてって質問じゃなくて、好きなものか嫌いなものを教えてって質問だったし、一番かどうかはどうでもいいでしょ」


無理に一番を答える必要はない。

それた話を元に戻し、質問に答えた対価としてキスをするために立ち上がろうとすると、宮城がぼそりと言った。


「……仙台さん、リップ」

「とれてる?」

「そうじゃなくて。私のリップ、なくなった」


いつものように不機嫌そうな顔をした宮城が私の足を蹴る。

空気が変わったとまではいかないが、ドラマに出てくる刑事が取り調べをするように私を質問攻めにする宮城が消えてほっとする。


「じゃあ、選んであげるから買いに行こうよ」


また難しい宮城が顔を出さないように、にこりと笑う。


「そんなこと言ってない。買ってきて。お金は渡すから」

「一緒に行こうよ」

「仙台さんが好きなリップ選んで買ってきてくれたらそれでいい」

「この前のと同じのがいい?」


立ち上がって、宮城に手を伸ばす。

なにもつけていない唇に指を這わせて、頬にキスをする。プルメリアのピアスを撫でて、唇で口の端に触れる。そのままそっと唇を重ねて、私の体温を移す。


リップよりも、私の色で宮城の唇を染めてしまいたい。

私の好きなものに私を重ねたいと思う。


でも、宮城は長くキスをさせてくれない。

すぐに私の肩を押して、不機嫌に言った。


「今、リップの話をしてるところじゃん。この前のと同じでも違ってもいいから買ってきて」

「私が使ってるのと同じのは?」

「仙台さんが使ってるのとは違うのがいい」


低い声で言って、私を押す。

宮城が口にした答えはつまらないものだけれど、同じものを買ってきてなんて言われたら彼女の正気を疑いたくなってしまうから、つまらないくらいが丁度良い。


「わかった。私が好きなの選んでいいの?」

「いいよ」

「じゃあ、可愛いの選んであげる」

「リップは好きなのあるんだ?」


いつもなら可愛いのは嫌だと言いそうな宮城がそっけない声を出して、私をじっと見た。


「どういうこと?」

「そのままの意味」

「好きなリップがあるっていうか。人に選ぶのって楽しいなって」


そう言って宮城の唇に手を伸ばすと、今度は手の甲をぺちんと叩かれた。


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「週に一度クラスメイトを買う話」の本編には絡まない番外編のようなもの「彼女たちが知らない秘密のお話」を公開しています。

https://kakuyomu.jp/works/16817139556629068226


Translation Sources

Original