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Chapter 367

「……仙台さん、どこか行くの?」


これから出かける予定なんて今日はない。


だから、この質問はおかしい。


それでも思わず聞いてしまったのは、仙台さんがそんなことを聞きたくなるような格好をしているからだ。


この場所に着替えた仙台さんがやってくることはわかっていたけれど、これから出かけそうな彼女を見ることになるとは思っていなかった。


約束の七時。


私は共用スペースで、仙台さんをまじまじと見ることしかできない。


「宮城はどこか行きたいの?」


きちんとメイクをして、見慣れない格好をした仙台さんが微笑む。


「行きたいわけないじゃん」


そんなことは仙台さんだって知っていて、彼女は私が今から出かけたりしないと知っている。


私たちの今日は、もう約束されている。


仙台さんに近づく。

彼女の耳に手を伸ばし、青いピアスに触れる。


誕生日はホールケーキを一緒に食べる。


去年、彼女がそう約束してくれた。


「宮城の誕生日は私がずっと祝うから」


ピアスに触れた指が彼女の手に包まれる。

約束に約束が重ねられ、心の奥がくすぐったくて声が出ない。なにも言うことができないまま、七時になる前に見た仙台さんとは違う仙台さんを見続ける。


仙台さんが着ているワンピースは、よそ行きと言ってもいいものだ。彼女はワンピースをほとんど着ないから、新鮮な感じがする。


だから、なんだか少し落ち着かない。けれど、彼女自身はよそ行きの顔ではなく、私がよく見る顔をしているから、どういう顔をすればいいのかわからなくなる。


「で、宮城。私は来年も綺麗な格好したほうがいい? ……これが宮城の思う綺麗な格好かどうかわからないけど」


重ねられた手が離れ、仙台さんがワンピースを私に見せるように、スカートを摘まんで軽く持ち上げる。


「これからどこか行きそうな格好だと思う」


ぼそりと答えると、仙台さんがぴくりと眉を動かして自信がなさそうに言った。


「駄目だった? この格好」

「駄目じゃない。……似合ってると思う」


わざわざ言うことじゃないけれど、彼女が捨てられた子犬みたいな目をするから言うつもりがなかったことを言うことになる。


「そっか。良かった」


仙台さんが柔らかな声で言い、「そうだ、宮城。待った?」と微笑みかけてくる。


「待ったって、なにを?」

「私のこと。さきに来てたじゃん」

「来てたっていうか、部屋から出てきただけだけど」

「少しはお出かけごっこに協力しなよ。一応、待ち合わせしたってことになってるんだから」


本当に仙台さんは変なことを考える。

高校生だった頃も“友だちごっこ”なんてものを提案してきて、一緒に映画を観に行った。


あれから時間が経って私たちは大学生になったけれど、友だちにはなっていない。ルームメイトですらなくなった。


私たちは少しずつだけれど日々新しくなっていて、これからも新しくなっていく。


「別に待ったりしてない」


本当は五分くらい待った。

けれど、こういうときは「待っていない」と答えるのが定番だ。


この“お出かけごっこ”に付き合って、時間が経ったときに私たちがどう変わっているのかはわからないけれど、仙台さんはちゃんと綺麗な格好をしてくれたのだから、彼女のごっこ遊びに少しくらいは付き合ってあげてもいい。


「良かった。待たせたのかと思った」


明るい声が聞こえ、「そろそろ行こっか」と付け加えられる。


「……仙台さん、これ面白いの?」

「お出かけみたいで楽しいでしょ。私の部屋でいい?」


弾んだ声が返ってきて、「いいよ」と言うしかなくなる。


私の手を仙台さんが掴む。

ぎゅっと握られ、彼女の部屋へ行く。


仙台さんがテーブルの上のスマホを手に取る。なにか操作してベッドの上へ置くと、「今日、これ鳴らないから」と言った。


「鳴ってもいいよ」

「良くない。今日は宮城の誕生日でしょ」


仙台さんのバイトが終わらなかったり、友だちに急に呼び出されたりとか。


去年の私は、そんなことがあって「誕生日は一緒に丸いケーキを食べる」という約束が破られるのではないかと気にしていた。


どうやら彼女はそれを覚えていたらしい。


「ご飯用意するから、今日の主役はそこに座ってて」


仙台さんが軽やかに言って、部屋を出て行く。

私は言われた通り座って、食事の用意ができるのを待つ。


しばらくするとテーブルの上に、二人で作ったポテトサラダと帆立貝のカルパッチョが並ぶ。ご飯と温められた唐揚げもやってきて、仙台さんが座る。


「宮城、お腹いっぱい食べないでよ。このあとケーキあるから」

「言われなくてもわかってる」


私に失礼なことを言った仙台さんが帆立貝のカルパッチョに塩とコショウを振り、レモン汁とオリーブオイルを回しかけて仕上げる。


「宮城、誕生日おめでとう」


今日、一番明るい声が聞こえてくる。


「ありがと」

「お揃いだね」

「お揃いってなにが?」

「年齢。宮城も私も二十歳だから」

「二十歳の人なんてほかにもたくさんいるじゃん」

「まあ、そうだけど。食べよっか」


仙台さんが言い、私と彼女の「いただきます」の声が重なる。


なにから食べようか。

なんて迷うことなく、私は面倒くさくて時間がかかったポテトサラダを食べる。


「美味しい?」


問いかけられて「美味しい」と答える。


ポテトサラダにゆで卵が入っていることが当たり前のことなのかどうか知らないし、ポテトサラダの具材を気にしたこともなかったけれど、じゃがいもとゆで卵の相性はいいらしい。お互いを高め合っているようで、いつもよりじゃがいもが美味しく感じるし、ゆで卵も美味しく感じる。


帆立貝のカルパッチョも悪くない。

初めて食べたけれど、さっぱりしていて箸が進む。


向かい側では、仙台さんも帆立貝のカルパッチョを食べている。


彼女はなんでもできる。


料理も上手で、手伝いは面倒くさかったけれど、テーブルの上に並んでいるものはどれも美味しい。


お酒はケーキと一緒に持ってくるらしいから味はわからないが、彼女の選んだものなら間違いがないだろうと思う。


仙台さんはお酒を飲んだらどうなるのか。


それなりに気になっていたことの答えももうすぐ出る。


「なに? 服、やっぱり変だったりする?」


仙台さんがポテトサラダを食べる手を止めて、私を見る。


「変じゃない」

「じゃあ、なんで見てるの?」


なんで、なんて聞かれても困る。

視線が勝手に仙台さんに向かうだけだ。

私の意思じゃない。


「見ちゃいけない?」

「いいに決まってる」


当然のように言って、仙台さんがポテトサラダを食べる。


見慣れないワンピースは彼女によく似合っている。


そもそも彼女はどんな服も似合うし、なにを着ても綺麗だと思う。


「……仙台さん、またそういう格好したら」


小さく言って、私は仙台さんが買ってきた唐揚げを齧る。

美味しいけれど、彼女が作る唐揚げのほうが美味しい。


「またワンピース着るし、今度二人で出かけない?」

「出かけない」


きっぱり断ってポテトサラダを食べる。


仙台さんの誕生日には浴衣を着た。

着るつもりがなかったのに着たのだから、私も誕生日にそういうなにかをもらう権利がある。


だから、そのなにかとして、綺麗な格好の仙台さんをもらうことにしたのだけれど、わざわざ待ち合わせみたいなことをするから、今日が特別な日みたいになってしまった。その上、二人で出かける約束までしたら、その日まで特別な日になってしまいそうだと思う。


「宮城のけち」


文句を言われても気持ちは変わらない。

二人で出かけることがあるとしても、その約束をする日は今日じゃない。


「まあ、せっかくの誕生日だし、文句はこれくらいにしておこうかな」

「じゃあ、黙って食べて」

「誕生日なんだし、少しくらい喋ろうよ」

「誕生日だからって喋る必要ないじゃん」


仙台さんは誕生日を大げさなものにしようとするけれど、私は特別じゃないほうがいい。


誕生日もいつもの毎日に馴染んでいるほうが安心できる。そのほうが、仙台さんと一緒の明日が当たり前のように来るみたいに、誕生日も当たり前のように仙台さんがいてくれると思える。


来年も再来年も、その次も。

誕生日に仙台さんがいると思える。


「じゃあ、ケーキのろうそく吹き消すときのために黙っておくね」


にっこりと笑いながら仙台さんが言う。


「……なにかするつもりなの?」

「お喋りポイント貯めておいてそこで解放するから。今年は歌を歌う」

「仙台さん、ほんと馬鹿だよね」


歌はいらない。

いかにも誕生日という雰囲気になる。

だから、私は彼女と話をすることにした。


Translation Sources

Original