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私は、自分のネクタイを外してテーブルの上に置く。


「ネクタイ外すの、私でしょ?」


なんで、という顔をして仙台さんが聞いてくる。


「交換してよ。仙台さんのと」

「……交換する理由は?」

「理由がなくても、交換したくなることだってあるでしょ」

「ならないでしょ、普通」

「仙台さんだって理由もなく触りたくなるんだから、理由もなく交換したっていいじゃん」


最近、彼女が通した理屈なのだから、仙台さんがごちゃごちゃ言うのはおかしいと思う。でも、彼女はネクタイを外そうとしない。私から答えを引き出そうとする。


「理由、ないんだ?」

「仙台さん、うるさい。黙ってネクタイ外しなよ」


面倒になって彼女のネクタイを強く引っ張ると、やる気がなさそうな声が返ってくる。


「はいはい」


理由を言わないことに納得したわけではないようだけれど、仙台さんがネクタイを外して私の首にかけた。


ネクタイは制服の一部だから、誰の物でも同じだ。そして、ただの布きれで特別なものじゃない。それなのに、首に掛かったそれは私の物とは違ってほんの少し重いような気がする。


「満足した?」


仙台さんが静かに言って、テーブルの上に置いてある私のネクタイに手を伸ばす。けれど、私は彼女の手がネクタイを掴む前にそれを奪った。


満足するには足りないと思う。

制服は、ネクタイ以外にもある。


「交換なんだから取らないでよ」


当然の主張をして、仙台さんが私からネクタイを奪い返そうとする。


「ブラウスも交換して」


ネクタイもブラウスも変わらない。

制服の一部で、布きれで、一つも二つも大差がない。

だから、ネクタイと一緒にブラウスを借りたっていい。


暴論だと思うし、仙台さんは怒ると思う。

こういう命令は避けるべき命令だ。

でも、わかっている答えを彼女から聞きたいという気持ちを止めることができない。


「脱げってこと?」


仙台さんが動きを止める。


「脱がないで貸す方法があるなら、脱がなくてもいいよ」

「そんなのもうイリュージョンだから」

「じゃあ、脱いで」


短く告げてネクタイを渡すと、仙台さんは受け取ったそれをくるくると丸めてテーブルの上に戻した。すぐにでも「馬鹿じゃないの」と言うかと思ったけれど、なにも言わない。


命令は服を脱げというものではなく制服を交換してというものだから、ルールに違反しているかは微妙だ。


私は、仙台さんに甘えている。


命令して良いことと、悪いこと。

ルールに縛られた命令は、ときどき約束から外れることがあっても、無理矢理にでも受け流してしまえるくらいのものだった。けれど、夏休みが終わってから、ルールの範囲内でも口にできない命令ができてしまった。


命令しても良いことと悪いことは、はっきりとわかれていない。ところどころがくっついていて、境目が曖昧になっている。でも、仙台さんは混じり合った命令から断るべき命令を断ってくれるから、境界線上にある命令を口にしてしまう。


「交換なんだよね?」


考え込んでいた仙台さんが念を押すように言う。


「そう。交換」

「いいよ、交換なら」


仙台さんがあっさりと私の信頼を裏切り、ブラウスのボタンを一つ外す。


微妙な命令であっても、この命令は断るべき命令だ。


仙台さんだってそれをわかっているはずなのに、受け入れた。彼女が止めなければ流されるだけで、私は止めたりしない。外れていくボタンを見ているだけになる。


夏休みよりも潔く、躊躇わずに仙台さんがブラウスを脱ぐ。

あのときとは違って、今日は会話がない。

仙台さんが黙っているから、私は彼女をじっと見ている。


下着は、雨の日に見たときと同じで白い。

同じものだったのかは覚えていない。

下着に隠された胸は、形が良さそうに見える。


そう言えば夏休みのあの日、仙台さんは下着の上からだったけれど私の胸に触った。でも、私は触っていないから、なんだか損をしたような気分になる。


今なら、少し手を伸ばせばどこでも触ることができる。

柔らかな胸に、滑らかな脇腹に、触れることができる。


「宮城も早く脱ぎなよ」


私の邪な考えを遮るように、仙台さんがブラウスを差し出す。受け取らずにいると、とん、と彼女の指先が腕に当たって、私はその手を掴んだ。


今まで誰に対してもこんなことを考えたことはないけれど、仙台さんの体には触れたいと思う。


ゆっくりと手を滑らせ、二の腕に指を這わせる。強く押すと、グミよりも柔らかくて、マシュマロよりも弾力のある皮膚に指先が埋まる。けれど、胸も脇腹も触ることができない。どこか別の場所に触れるよりも先に仙台さんが腕を引き、代わりにブラウスを渡された。


「交換でしょ。早くブラウス貸してよ」


不機嫌な声で仙台さんが言う。

私は受け取ったブラウスをベッドの上へ置いて、首にかけたままになっていたネクタイを結ぶ。そして、立ち上がってクローゼットを開けた。


「ちょっと宮城」


代わりのブラウスを渡そうとしない私を咎める声が聞こえるけれど、それには答えない。クローゼットにかかっている服から一枚選んで、それを仙台さんに渡す。


「はい」

「待って。新しいの出してくるなんてずるくない?」


彼女に押しつけたそれは、白いブラウスで学校指定の制服だ。ここは私の部屋だから、着ているものを脱がなくてもブラウスを渡すことができる。


「ずるくない。早く着なよ」

「絶対にずるい。宮城も脱ぎなよ」

「今着てるブラウスと交換なんて言ってない」

「……宮城のけち」


仙台さんが不機嫌そうに眉根を寄せる。でも、すぐに諦めたように手にしたブラウスを広げた。


恨めしそうな目がブラウスを睨んでから、私を見る。


文句を言いそうな顔をしたけれどなにも言わずに、仙台さんが私のブラウスを着て、私のネクタイを締める。


ブラウスのボタンは、二つ開いている。


着心地が悪そうに仙台さんが袖を引っ張る。そして、もう一度「ケチ」と言った。


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Original