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Chapter 387

そう広くない空間に四人も人がいると、それなりに騒がしい。

ピザを食べていても常に誰かが喋っていて、賑やかだ。


誕生日らしいと言ってもいい。


高校生だった私はこういう空間に慣れていたし、その場の空気に合わせることができていた。今日もそうしたいと思っているし、今日という日を楽しむべきだとさっき思ったばかりだけれど、どうしても正面にいる宮城が気になる。


彼女は今、澪や宇都宮と楽しそうに話をしている。


親友である宇都宮はともかく、澪と親しそうに話をするなんて少し前まで考えられなかったことで、変わってしまった宮城を見ていると、胸がざわつく。


彼女が澪と仲良くなった経緯は知っている。私の胸に輝くネックレスを買うために澪がいるカフェでバイトをしたからだ。


理由が理由だけに文句は言えない。


それに澪は悪い人間ではない。良い人のカテゴリーに入る人間だ。

澪と親しくしないでほしい、なんて言うわけにもいかない。


私はピザを齧る。


宮城は私がバイトをすることを嫌がっていた。

辞めてほしいと言われたこともある。


あの頃のバイトをしたことがなかった宮城に戻ってほしいと思いかけて、オレンジジュースを一口飲む。


宮城がバイトをしたことで、私もバイトがしやすい状態になったと割り切るべきだ。それは卒業しても家へ帰らずに宮城と暮らすという私の夢を叶えやすくなったということで、落胆するようなことではない。


お皿の上のピザを食べきって、チキンも食べる。


「葉月、そろそろシャンメリー開けてケーキ食べない?」


澪の声にテーブルの上を見ると、ピザとサイドメニューのほとんどが私たちの胃の中に消えていた。


私は「そうだね。取ってくる」と答えて、宮城と一緒にシャンメリーとケーキをのせたお皿を持ってくる。澪にシャンメリーを渡そうとすると、「葉月が開けてよ」と押し返された。


「澪、持って来た人が開けなよ」

「あたしが開けてもいいんだ? どうなっても知らないよ」

「どうなってもって、なにするつもり」

「こぼさずに開ける自信がない。でも、葉月が開けてって言ったから、あたしが開けるね」


澪がにこやかに言い、私の手からシャンメリーを奪う。そして、金色のパッケージをバリバリと開けた。


「ちょっと澪、待って。私が開ける」

「大丈夫、大丈夫。栓を引っこ抜くだけだから、葉月が心配してるようなことにはならないって」


さっき自信がないと言ったばかりの澪がそう言うと、説明も読まずに「えいっ」と言いながら栓を引き抜こうとする。


「あれ、開かないな」


首をかしげ、澪がシャンメリーを持ち上げて眺める。

瓶が揺れて、中の液体も揺れる。


嫌な予感がする。

いや、嫌な予感しかしない。


「澪さん、シャンメリーの栓って回すんじゃないの?」


宇都宮の声が聞こえて彼女を見ると、私と同じように嫌な予感がしているのかテーブルから距離を取っている。


「あ、回すんだっけ」


そう言いながら澪が栓を勢いよく回し、部屋に「ぽんっ」と軽快な音が響いた。

そして、当然のように中身が噴き出し、澪の情けない声が響く。


「ちょ、葉月。ヤバい。なんか、貸して」


私はカモノハシの背中からティッシュを取り出し、シャンメリーで濡れたテーブルと床を拭く。どう考えても澪にティッシュを渡すよりも、自分で拭いたほうが早い。


「葉月、ごめん。私も拭く」


そう言うと、澪が立ち上がろうとして濡れた床に手をつく。


「うわ、つめたっ」


澪の声が響き、宮城が「澪さん、動かないで」と言って部屋を出て行き、濡れたタオルを持って戻って来る。


「ごめん、志緒理ちゃん」

「大丈夫だけど、澪さんバイトのときと違い過ぎない?」


宮城が言い、澪が真顔で「今日のあたしは仕事モードじゃないから」と言い切る。


澪が言うように働いていない彼女はかなり大雑把で適当だ。

シャンメリーをこぼしてもおかしくない。


「澪。仕事モードじゃないなら、大人しくしてて」

「う、ごめん」


情けない声が響いて、宮城が吹き出す。


「え、志緒理ちゃん、なんで笑うの?」

「澪さん、叱られた子どもみたいだから」

「え、あたし、そんな感じ?」

「そんな感じ」


今日一番楽しそうな宮城の声が聞こえて、私の視線が彼女に釘付けになる。


「舞香ちゃん。今日のあたし、もしかしてダメな感じ?」

「ダメっていうか、面白い」


宇都宮が笑いながら言って、「シャンメリー、半分くらいこぼしてるし」と宮城が笑う。


こういう状態は面白いと思う。

ここに澪と宇都宮しかいなかったら、私も笑っていた。


でも、今は口角が上がらない。


理由は簡単だ。

宮城がくすくすと笑っている。

――澪を見て。


今日の宮城は“友だちといる楽しそうな宮城”だけれど、声を出して笑ったりはしていなかった。その宮城がくすくすと笑っている。


こういう宮城は可愛い。


あまり見ることができない顔だから、ずっと見ていたいし、何度だって見たいと思う。けれど、この笑顔は私が作ったものではないし、ここは宮城を笑顔にできる水族館でもない。


私には滅多にできないことを簡単に澪がしてしまった。


宮城から視線を外し、濡れたティッシュをゴミ箱に捨てる。


でも、すぐに私の目に宮城が映る。

でも、私の顔は固まっている。


けれど、笑っている宮城をずっと見ているわけにはいかないし、この状況で笑いもしない私でいるわけにはいかない。


「澪。手、洗ってきなよ」

「そうする」


そう言うと、澪が部屋から出て行き、三人でこぼれたシャンメリーを片付ける。すぐに澪が戻ってきて残ったシャンメリーを開けようとするから、口角が上がらない私は呆れた声を出して澪からそれを取り上げた。 


「澪はシャンメリー開けるの禁止ね。残りの一本は……。宮城か宇都宮、開ける?」


私は中身が半分になったシャンメリーをグラスに注ぎわけながら、二人に尋ねる。


「面倒くさいし、私はいい」


宮城らしい言葉に、「私、開けたい。こぼさないようにするし、いい?」と宇都宮の元気のいい声が続く。


「もちろん」


私は宇都宮に最後のシャンメリーを渡し、パッケージに書いてあった栓の開け方を伝える。


「キャップはやっぱり回して開けるみたい。あと瓶は振らないでね」

「わかった。ほんとに志緒理はいいの?」


宇都宮の声につられて宮城に視線を移すと、笑顔ではないいつもの彼女が目に映った。


「いいよ。舞香に任せる」


宮城からは澪が作った表情が消えていてほっとして、がっかりする。


私と宮城以外がいる家は、感情の糸が絡まって予期しない気持ちが生まれる。制御できない情意が私の表情をこの場に相応しくないものに変えそうになる。


「じゃあ、開けるね」


そう言うと、宇都宮がシャンメリーの栓を回す。


ぽんっ。


中身はこぼれず、軽快な音が響く。

私は宇都宮から瓶を受け取り、グラスにシャンメリーを注ぐ。四人で乾杯すると、宮城が言った。


「仙台さんの飲むから貸して」

「いいよ、炭酸飲めないわけじゃないから」

「無理しないでオレンジジュース飲めばいいじゃん」


静かに言って宮城が手を伸ばしてくるから、大人しくグラスを渡す。


「葉月、炭酸苦手だとビール飲めないよね」


澪がショートケーキを食べながら「シャンパンもダメだし」と付け加える。


「澪はシャンパン開けたら、また辺りを水浸しにしそう」


からまった感情の糸をほどいて、澪を見る。


「その記憶は消して」

「さっきのシャンメリー、かなりこぼれてたもんね」


宇都宮が笑って、ぐびりとシャンメリーを飲んだ澪が芝居がかった口調で言った。


「はあ。あたし、三人に嫌われちゃったかなあ」

「人の家をシャンメリーの海にする人だしねえ」


私がわざとらしく言うと、即座に「海にはしてない」と返ってくる。


「海にはなってなかったけど、シャンメリー半分なくなってたよ。澪さん」


宇都宮がにこやかに言って、澪が涙を拭う真似をする。


「葉月はいつも通りだけど、舞香ちゃんまでそんなこと言うなんて……。志緒理ちゃんはそんなこと言わないよね?」

「この流れだと、そんなこと言わないよ、って言うしかないじゃん」


はあ、と大げさにため息をつきながら宮城が言う。


「良かった。志緒理ちゃんはあたしのこと大好きでいてくれて」

「大好きとは言ってない」


思わず私が口にしそうになった言葉を宮城が口にして、ほっとする。


良くない。

こういう私は本当に良くない。


澪は私の友だちだけれど、今は宮城の友だちでもある。

そして、宮城は友だちに優しい。


私には使わない言葉を使って、見せない表情を見せる。

面白くはないが、受け入れるべきことだ。


「私は澪さんのこと好きだよ」


楽しげな宇都宮の声に、澪が「舞香ちゃんは優しい。葉月は冷たい」と恨みがましい目をこちらに向けてくる。私は宮城に向きがちな目を澪に固定し、口を開く。


「心配しなくても、澪のことは嫌いじゃないから」


こういうときは好きだと言うべきだとわかっているが、宮城の前で宮城以外に“好き”だと言いたくない。


私は宮城の跡が残る手首を掴む。

宮城の視線を感じる。

手首を強く、強く握る。

跡がつくくらい握って、ゆっくりと離す。


「葉月じゃなくて、舞香ちゃんのおかげで自己肯定感がアップした!」


澪が明るい声で言い、「今度のパーティーは舞香ちゃんの誕生日ね」と続ける。


宮城を見る。

視線が合う。

でも、それは一瞬で彼女の視線は私の胸元に固定される。


私を私にしてくれる四つ葉のクローバーに宮城の視線が絡む。


みんなに見える私が宮城だけのものだという印があれば、こういう時間を難なく乗り切れると思っていたけれど違うらしい。今日は、誰に作られた表情の宮城でも私のものだとわかる私の印が、宮城についていればいいと思わずにはいられない。


私は真っ白なクリームに苺がのったショートケーキを一口食べる。


「ケーキ、美味しいね」


そう言うと、「そうだね」と宮城の声が聞こえた。


Translation Sources

Original