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Chapter 386

私の誕生日はとっくに終わっていて、宮城の誕生日も終わっている。


誕生日というのは年に一回だけだから、お互いの誕生日が終わったら来年まで私たちの誕生日は来ないのだけれど、今年は違う。


「葉月、志緒理ちゃん。二人とも誕生日おめでとー!」

「志緒理、仙台さん、誕生日おめでとう!」


ピザとサイドメニューを並べたテーブルに行儀良く座った澪と宇都宮の声が重なるように、私の部屋に響く。


友人たちとの誕生日会。


そう珍しいものでもないシチュエーションが私の部屋で繰り広げられている。要するに、終わった今年の誕生日は、澪と宇都宮によって私の部屋に引っ張り戻され、私と宮城は二十歳を祝われている。


楽しくはあるけれど、この部屋に“誕生日を祝う”という名目で宮城以外の誰かがいることに慣れない。


「ありがと」


宮城が控えめな声で言う。

私も「ありがとう」と二人の友人に伝える。


誕生日は一回でいい。


宮城はそう言っていたが、私も誕生日は何度もいらないと思っている。けれど、澪と宇都宮の気持ちは無下にはできないし、彼女たちの気持ちをないがしろにするのは心が痛む。


「祝! 二十歳」


澪がそれなりに大きな声で言い、澪と宇都宮がどこから出したのかパンッとクラッカーを鳴らす。


「あ、これ音だけのヤツだから。散らからなくていいでしょ」


自慢げに澪が言って、もう一度クラッカーを鳴らした。


確かにクラッカーは音だけで、テープが飛び出てきたりはしない。少し寂しい気はするが、ピザの上にテープが着地なんてことにならなくて良かったと思う。


「澪らしくないじゃん。こういうの、派手なのが好きでしょ」


私は珍しく控えめな澪を見る。


「あたしもハタチの大人だからね。配慮くらいするわけですよ」

「なんか、澪さんじゃないみたい」


ぼそりと宮城が言って、澪が嬉しそうな顔をする。


「志緒理ちゃんの知らない大人なあたしってことだから」

「……やっぱり澪さんは澪さんって感じだった」

「やっぱり澪さんは大人だったってことだね」


澪が自分で自分を褒めつつ、うんうん、と頷くと、宇都宮からするどい指摘が飛んでくる。


「大人は自分で“大人”とは言わないんじゃない?」

「いやいや、言う大人もいるでしょ。ねえ、葉月」

「じゃあ、食べようか」


私が宮城と宇都宮にわざとらしい笑顔を向けると、澪が「酷い」と大きな声で言い、思い出したように言葉を続けた。


「って、ちょっと待った。食べる前にプレゼントタイム」

「プレゼントタイム?」


私と宮城の声が重なる。


「舞香ちゃん、よろしく」


澪がそう言うと、宇都宮が持って来た大きな鞄から袋を取り出した。


「これ、私と澪さんから二人にプレゼント」

「もう舞香から誕生日プレゼントもらってるけど」


宇都宮の声に宮城が答えて、私も澪に「私ももらったけど」と答える。すると二人からほぼ同時に「いいじゃん。何回あげたって」と返ってきて、私と宮城はほぼ同時に「ありがと」と返した。


気になる。


二人にプレゼントと言っていたが、宇都宮が持っている袋は一つだ。ということは中身は、二人で使えるなにか、ということになる。


「宮城、受け取って」


食器や置物。

頭の中に袋の中身を思い浮かべながら言うと、宮城が「ありがと」とまた言って宇都宮から袋を受け取った。


「志緒理ちゃん、今すぐ開けて」


澪の弾んだ声が聞こえてくる。


「じゃあ、開ける」


宮城が躊躇うことなく袋を開け、中から厚いとは言えない箱を取り出す。そして、その箱も開け、折り畳まれた布を取り出した。


「……エプロン?」


布を広げた宮城の問いかけに澪が答える。


「そう、エプロン。二人とも料理するって言うからさ」


澪の言葉通り、宮城は胸当てのついたエプロンを持っている。


色はベージュ。

プリントやレースといった装飾はない。

この家と馴染むシンプルなエプロンだ。


それが二枚。

宮城の手元にある。


「これ、お揃いってこと?」


楽しそうではないけれど、不機嫌というわけでもない声で宮城が言う。


「喧嘩しないように同じのにした」


宇都宮が言って「新婚夫婦みたいじゃない?」と笑い、宮城が「新婚でも夫婦でもないから」と即座に宇都宮の言葉を否定する。


「はい、これ仙台さんの」


テーブルの向かい側からエプロンが一枚、私の元にやってくる。


宮城と同じもの。


それはどんなものでも嬉しい。

宮城が選んでくれたお揃いのものなら誰にも触らせたくないくらい嬉しいし、私が選んだお揃いのものなら毎日使いたくなるくらい嬉しい。


でも、このエプロンは宮城が選んだわけでも、私が選んだわけでもない。

宮城でも私でもない人間が選んだものだ。


「エプロンなかったし、丁度良かった。大事に使うね。ありがとう」


そう言って笑顔を作り、澪と宇都宮を見る。

友だちからのプレゼントに文句をつけるつもりはないが、複雑だ。

手放しで喜べない。


一言で言えば、私の心は狭い。


お揃いであることを喜ぶ気持ちよりも、私たちの日常に私たち以外が選んだものが入り込んでくる違和感のほうが大きい。


日常的に使うものではなかったら良かったのにと思う。

使ったらなくなるものか、たまに使うもの。

そういうものが良かった。


「エプロン、どっちが選んだの?」


私は笑顔を崩さずに問いかける。


「形は澪さんで、色は私」

「共同作業だ」


くすくすと笑いながら宇都宮に告げる。


友だちは大切だ。


宮城もそう言っていた。

だから、その友だちからもらったものは大事にすべきものだ。

私はエプロンを畳んで宮城に渡す。


これは私たちの生活を壊すものではない。


宮城を見る。

私の前では滅多に見せない笑顔で、エプロンを箱に戻している。そして、明るい声で宇都宮に話しかけている。


「エプロン、二人で見に行ったんだ?」

「そう。仲いいでしょ」

「仲良すぎてびっくりする」


こういうとき、宮城は不機嫌になるべきだと思う。


友だちからもらったものでも、私たちの生活に入り込むものを許してほしくない。


そう思うけれど、知っている。

宮城は宇都宮に優しいし、彼女を大切に思っている。

そんな宇都宮からプレゼントをもらって不機嫌な顔をするわけがない。


「葉月、プレゼントもう一つある。はい」


そう言うと、澪が小さな箱を私に渡してくる。


「え、なんでそんなにプレゼントがあるの?」

「これはあたしからじゃなくて、能登先輩から。志緒理ちゃんと使ってだって」

「……能登先輩?」

「昨日、渡してって言われて預かってきた。開けてみてよ。私も中身知らないし」


私は流れで受け取ってしまった箱を見る。


――宮城のものを触りたい。


ネックレスでも、手首の跡でもいい。

けれど、今、触るわけにはいかない。


「なんだろ。開けるね」


なるべく明るい声を出して箱を開けると、映画のギフトカードが入っている。宮城と使うならぴったりのプレゼントだと思うけれど、「ありがとう」が出てこない。


「仙台さん、中身なんだったの?」


宮城の声が聞こえて、機械的に「映画のギフトカード」と返す。


「いいなー」


羨ましそうに宇都宮が言う。


「澪さん。能登先輩にありがとうございますって伝えて」

「おっけー」


軽いやり取りが聞こえてきて、この場に相応しい言葉を言わなければと思う。私はギフトカードを箱にしまって、二人の視線が宮城に向かっていることを確認してから、宮城が残した跡に触れる。


「会ったら自分でもお礼言うけど、澪からも能登先輩にありがとうって伝えておいて」

「任せて」


力強い澪の声が聞こえてくる。


能登先輩には家庭教師のバイトを紹介してもらった恩があるけれど、それ以上に問題がある。彼女は、宮城と私に干渉してくる。だから、映画も行くことを強要されているような気がして、面白くない。そういうつもりはないのかもしれないが、素直に受け入れられない私がいる。


私は宮城の跡を撫でて、笑顔を作る。


「ピザこれ以上ほっといたら冷たくなっちゃうし、そろそろ食べない?」


三人に声をかけると、そうだね、と返ってくる。

私たちは「いただきます」を忘れずに口にして、ピザに齧り付く。


宮城と二人だけで食べる食事ほどではないけれど、美味しい。


プレゼントのことは一度忘れて、今日という日を楽しむべきだ。


壁に貼ったフェルトの文字。

ベッドに置いた星形の風船。

楽しそうな澪と宇都宮。


今日、いつもと違うこの部屋は本当の誕生日よりも誕生日に囲まれている。


「そうだ。舞香ちゃんの誕生日は、ピザ自分たちで焼かない?」


澪がいいことを思いついたというように言う。


「澪。それ、さすがに面倒じゃない?」

「まあ、ピザ焼く窯ないしね」

「本格的過ぎるから」


私は澪のくだらない会話に付き合いながら、冷めかけたピザを口に運んだ。


Translation Sources

Original