Chapter 398
いつもの朝。
いつもの私。
いつもの――。
「おはよう」
やっぱり昨日とは違う気がする。
おはよう。
おはよう。
おはよう。
おはよう。
おはよう。
何度も、何度も繰り返す。
たった一つの感情が何の変哲もないはずの朝を変えてしまって、何度練習しても「おはよう」が上手く言えそうにない。
座っていたベッドから立ち上がり、胸元の四つ葉のクローバーに触れる。
手をぎゅっと握って、ゆっくりと開く。
私が心の奥底で育て、閉じ込めてきた感情は、言葉にすれば二文字に過ぎない。でも、それは宮城と私を確実に変えるもので、だからこそずっと言うべきではないと思い続けていたけれど、昨日の夜、私はその言葉を口にした。
――好き。
解き放たれた感情は確かに宮城に伝わり、私は眠れない夜を過ごした。
「おはよう」
声が震えているような気がするし、掠れているような気もする。
昨日まで簡単に出来ていたことが、今日はできなくなっている。好きだと言わずにいれば、いつもと同じ朝を迎えることができたはずだと思う。でも、昨日の朝に戻ることができたとしても、私はきっと同じことをする。
宮城と出かけた昨日は、とても楽しかった。
宮城が私のために私が好きだと思うことができる日にしてくれたとわかった一日で、それは私の感情を強固なものにして、宮城を私だけのものにしたい気持ちを抑えられないものにした。
ただ、宮城の気持ちをもっと尊重するべきだったかもしれないとは思っている。彼女を置いていかないようにゆっくり歩いてきたのに、一歩どころか十歩も二十歩も先へ進んでしまった。
ドアの向こうが怖い。
もう朝食の用意をする時間だけれど、たぶん、宮城は共用スペースにいないはずだ。部屋にはいるはずだけれど、いないような気がしてしまう。
息を吸って、吐く。
メイクはまだしていないけれど、着替えはした。
髪はいつも通りのハーフアップで、宮城からもらったネックレスもピアスもちゃんと身に着けている。
大丈夫。
昨日の朝とは違う私だけれど、いつもと同じ私でもある。
ドアを開けて共用スペースへ出る。
宮城はいない。
玄関へ行って靴を見る。
宮城はいる。
彼女の部屋の前へ行く。
息を吸って、吐く。
ドアをノックしようとして、手が止まる。
このドアが開いた瞬間、宮城が私から逃げ出すかもしれない。このドアの向こうにいることはわかっているのに、私の顔を見た瞬間に走り出して玄関を飛び出し、消えてしまうのではないかと思ってしまう。
好きだという気持ちは理不尽だ。
自分も相手も振り回し、思い通りになってくれない。
好きだと伝えれば終わりではなく、長い日々が待っている。でも、それは宮城に私を好きだと言わせるための時間で、私にとって必要な時間だ。
覚悟を決めてノックする。
一回、二回。
宮城の声は聞こえない。
ドアも開かない。
もう一度ノックして、「宮城」と呼ぶ。
少し間があってから「心配しなくてもいるから」と宮城の声が聞こえてきて、ドアが開いた。
「……おはよ」
宮城が私を見ずにぼそりと言う。
「おはよう」
明るく返して、「ご飯、食べよう。今から用意するからさ」と告げる。
「手伝う」
小さな声が聞こえるが、宮城の体は部屋から出てこない。
いつもだったら、彼女の手を掴んで「部屋から出てきなよ」と声をかけるけれど、今日は手を掴むか迷う。
宮城が私を見る。
勇気を出して手を伸ばすと、宮城が一歩後ろへ下がった。
「大丈夫。私が昨日、宮城のことが好きだって伝えただけで、今までとなにも変わらないから」
これは嘘だ。
今日は昨日とは違う。
それでも宮城には普通でいてほしくて嘘を言う。
「大丈夫じゃない。……変わらないなんて無理じゃん」
「大丈夫だって」
私は伸ばしたままだった手で宮城に触れる。
宮城の体がびくりと震えたけれど、逃げたりはしない。
体温が伝わったままでいてくれる。
「私が宮城に好きだって言いたいだけだから、宮城はなにも言わなくていいよ」
にこりと笑って、宮城のプルメリアのピアスに触れる。
そして、彼女に唇を寄せた。