Chapter 383
朝が来て、夜が来る。
夜が来れば、また朝が来る。
決まり切った一日に疑問はない。
その一日に仙台さんがいることにも疑問はないし、私の目の届く場所にいるべきだと思っている。お互いの形を認識できる程度の闇の中、仙台さんに触れられてもそれは変わらない。だから、私は今日も仙台さんと一緒に朝ご飯を食べている。
「いただきます」
声が揃って、バターとジャムを塗ったトーストを齧る。
ジャムが少なめになってしまったけれど、美味しい。向かい側では、今日の朝食を用意してくれた仙台さんも美味しそうにトーストを齧っている。
お皿に盛り付けられている半熟の目玉焼きとウインナーも、彼女が作ったのだからいつも通り美味しいはずだ。
「宮城、よく眠れた?」
柔らかな声が聞こえて、「まあまあ」と答える。
熟睡はできなかった。
でも、昨日したことを考えると当たり前だと思う。
真っ暗とは言えない部屋で服を脱ぐことになってしまったし、そういうことが終わったあとにも葉月と呼んでしまった。
おかげで昨日は、どういう顔をして仙台さんと一緒に夕飯を食べていいのかわからなかった。目が合わせにくかったし、彼女をよく見ることができなかったと思う。
自分の部屋に戻ってからも、さっきの私は変に意識しすぎていただとか、仙台さんが変に思わなかったかだとか、考えなくてもいいことをたくさん考えてしまって、ゆっくり眠れなかった。
私は目玉焼きの白身をぱくりと食べて、トーストを齧る。
「宮城がよく眠れるように抱き枕になってあげようか?」
にこりと笑って、仙台さんが馬鹿みたいなことを言う。
「ならなくていい」
「なんで?」
「狭いから」
「じゃあ、大きいベッド買おうかな」
「買わなくていい。一緒に寝ないし。仙台さんはよく眠れたの?」
「宮城が一緒に寝てくれないからよく眠れなかった」
いつも通りろくでもないことしか言わない仙台さんが、黒猫のマグカップでオレンジジュースを飲む。
「一緒に寝るわけないじゃん」
「あのまま寝ても良かったと思うけど」
「寝るような時間じゃなかった。ご飯だってまだだったし」
仙台さんはあのまま眠ることが当然のように言うけれど、夕飯も食べていないのに眠るわけがない。
あれからそれなりの時間があったのだから、お風呂にも入るし、ご飯も食べる。そうなれば、いつものようにそれぞれの部屋で夜を過ごすべきで、それに文句を言われても困る。
「宮城が一緒に眠ってくれれば、私はご飯食べなくても良かったけどね」
「嘘ばっかり」
美味しい夕飯と朝食を用意してくれたことは感謝しているけれど、いい加減なことばかり口にする仙台さんに優しくする必要はない。私は彼女を睨んでから、ウインナーを食べる。
「宮城が一緒に寝てくれないからよく眠れなかったっていうのも、ご飯を食べなくても良かったっていうのも本当。でも、ベッドは買わなくてもいいかな。狭いほうが宮城とくっつけるしね」
「さっきも言ったけど、一緒には寝ないから」
「じゃあ、冬になったら一緒に寝よっか。あったかいし、いいんじゃない?」
ため息がでそうなことを仙台さんが言い、私に笑顔を向けた。
こういう仙台さんを見ていると、昨日とは別人のようだと思う。
あんな仙台さんがずっと続いていたらずっとわけがわからないままになってしまうし、また余計なことを口にすることになってしまうから、いつも通りの馬鹿みたいな仙台さんでいいのだけれど、今日の彼女はくだらないことを喋りすぎている。
「仙台さん、黙って食べて」
私はつま先を仙台さんの足にぶつけて、彼女のお喋りを止める。
けれど、彼女が黙ったのは一瞬で、すぐに「そう言えば」と私を見て、「宮城は大丈夫?」と言った。
「大丈夫ってなにが?」
「日曜日」
仙台さんの言葉にため息が出そうになって呑み込む。
私の頭に昨日の夜に届いた澪さんからのメッセージが浮かぶ。
『葉月と志緒理ちゃんの誕生日会、今度の日曜日でいい?』
仙台さん、舞香、澪さん、そして私の四人で構成されたグループ“変な鳥”に投下されたそれは私が恐れていたもので、今度の日曜日、ようするに今週末に私と仙台さんの誕生日を祝う会を開催するというメッセージだった。
「大丈夫じゃなくても約束だし」
あらかじめ暇な日を聞かれていたし、用事ができた、なんて断っても、ほかに空いている日を聞くメッセージが飛んでくるだろうから、約束からは絶対に逃れられない。気が乗らないけれど、断るという選択肢はなかった。
それに澪さんは仙台さんが大切にすべき友だちだ。仙台さんが澪さんと親しくすることに不満はあるが、断るわけにはいかない。
むかついても、腹立たしくても、仙台さんは親友と呼べるような友だちを作るべきだと思っている。
「……あと、舞香も楽しみにしてるから」
誕生日会には舞香も参加する。
彼女は、私が仙台さんと二人だけで誕生日を過ごしていることについて深く追及せずにいてくれる。ルームメイトが仙台さんだとわかったときもそうだった。
舞香はいつだって優しい。
そんな彼女の楽しみを奪いたくないから、一回でいい誕生日が二回になることを受け入れるしかない。
「そっか。澪もめちゃくちゃ楽しみにしてる」
「澪さんって、大学でもずっとテンション高いの?」
「そんなこともないかな。落ち込んでるときもある」
「あるんだ?」
めちゃくちゃ楽しみにしている澪さんの姿は容易に想像できるが、落ち込んでいる彼女は想像できない。
「この前はカフェのバイトの子が一週間で辞めたって落ち込んでた」
「なんで澪さんが落ち込むの?」
「普段、適当だけど、責任感強いところもあるから。私の教え方が悪かったからすぐ辞めちゃったのかなって反省しまくってた」
「そう言えば、私がバイトしたときも、すごく丁寧に教えてくれた」
初めて会ってからずっと、澪さんは私の苦手なタイプだった。
初対面のときから遠慮というものがなく、強引だった。仙台さんの数倍くらい適当そうにも見えて、一緒にバイトをするなんて考えられなかった。
でも、私は澪さんと何度も会い、一緒に働くことにまでなった。
そして、わかった。
澪さんは人を気遣うことができて、優しい。
ただ、人との距離を測る物差しが壊れているだけだ。
「いい人だよね、澪さん」
苦手な部分は相変わらずあるけれど、嫌いじゃない。
「……またカフェでバイトしたい?」
仙台さんがぼそりと言って、オレンジジュースを飲む。
「もうしない」
「私と二人だったら?」
「しない。仙台さんは冬休み、バイト増やすの?」
私は仙台さんとじゃなくてもバイトはしたくないし、わざわざバイトをしてまでほしいものもない。冬休みはこの家にいたいと思っている。
「そのつもり」
まったくもって楽しくない予想していた答えに「家に帰るつもりないしね。宮城も帰らないんだよね?」と私に問いかける言葉がくっついてきて、「帰らない」と返す。
「来年は初詣でも行こっか」
「去年も言ったけど、寒いからやだ」
初詣はお祭りではないけれど、お祭りに行ったときに浴衣を着せられたことを思い出す。
あのときみたいに仙台さんが「お正月だし、一緒に着物着ようよ」なんてくだらないことを言ってきそうで、気軽に「行く」なんて言えるわけがない。
私はオレンジジュースを一口飲んで、「家にいる」と付け加えた。