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Chapter 391

夕飯はレトルトのカレーにして、サラダはコンビニで買ってきたものを食べる。カップラーメンより少しはマシになった気がするけれど、仙台さんが渋い顔をしそうなメニューだとも思う。


でも、仙台さんが作ったハンバーグが食べたい今日は、それ以外のものをわざわざ自分で作って食べたいとは思えない。


私は、それなりに美味しいけれど特筆すべきことがない味のカレーを食べて食器を洗う。


お皿は一枚。

それとグラスとスプーン。


エプロンをして洗うほどのことがない量の洗い物はあっという間に終わって、自分の部屋に戻る。


今日はエプロンが活躍することはなかったけれど、舞香に話したように明日は使いたいと思う。


私の心を覆うもやもやは、エプロンを畳むように綺麗に片付けられる気持ちではないけれど、避け続けられる問題じゃない。使っていればそのうち、もやもやが圧縮されて心の棚に収納できるくらいの大きさになってくれると信じるしかない。


小さく息を吐く。


仙台さんが帰ってくるまでにはまだ時間がある。

私は二日後に提出しなければならないレポートをすることにして、資料をテーブルの上に並べる。


仙台さんは今頃、家庭教師の生徒に勉強を教えているはずで――。


ティッシュカバーのワニを引き寄せ、手を握る。


大学に入ってから、勉強を子どもの頃のように真面目にするようになった。こういう私が存在しているのは、仙台さんがいたからだ。一人きりだった放課後が二人になり、長いだけの休みが誰かといる休みになり、勉強もするようになって、今日という日がある。


ずっとずっと大学生のままでいられたらと思う。


二年生の終わりがきても、また二年生がやってきて、十九歳と二十歳の二年生を何度も繰り返すことができたら、きっと楽しい。仙台さんと出かける場所もゆっくり考えられる。


どんなに願っても現実にはならない願いが頭に浮かんで、ワニと繋いだ手に力を入れ、離す。資料に視線をやって、ページをめくる。


ワニの頭を撫でてから、レポートに取り組む。


やるべきことをやって二時間近くが経って、トントン、と軽い音が聞こえてくる。立ち上がってドアを開けると、仙台さんが部屋の前に立っていて「ただいま」と言った。


「おかえり。ご飯は?」

「バイト行く前に食べた。入っていい?」


笑顔とともに尋ねられて、「いいよ」と返す。


仙台さんが部屋に入って来て、ベッドを背に座る。隣に腰を下ろすと、「レポート?」と問いかけられた。


「そう」

「話があるんだけど、今、大丈夫?」

「大丈夫」


そう返すと、仙台さんが床に視線を落とした。そして、んー、と小さく唸ってから、顔を上げて私を見た。


「去年、宮城の大学の学祭で宇都宮とした話覚えてる?」

「……話って?」


仙台さんが私の大学の学園祭に来ることになったあのときのことはよく覚えている。舞香に写真を撮られ、調子に乗った仙台さんにも写真をたくさん撮られた。だから、記憶に残っている。


きっと、仙台さんが言う“宇都宮とした話”というのは、今年は仙台さんの大学の学園祭に私と舞香が行くことになっている話だ。


覚えているし、学園祭が近づいてきたこの時期にわざわざ聞いてくるくらいだからこの話で間違いないと思うけれど、覚えていると言いたくない。


「今年は、宮城と宇都宮が私の大学の学祭に来るって話」


仙台さんの口から聞きたくない言葉が出てきて、言わなければならない言葉とは違う言葉が飛び出る。


「そんな話したっけ?」

「した。覚えてるでしょ」


うん、と答える代わりに首を縦に振る。


「良かった。それ、澪も来たいって言ってるけど大丈夫?」

「なんで澪さんが来たいって話になるの?」

「大学で学祭の話になったとき、澪が宮城と宇都宮は来ないのかって言いだしたから。サークルの仲間と先約があるからそっちが学祭のメインらしいんだけど、宮城と宇都宮に少しでもいいから会いたいって」

「……わかった。でも、無理しないでいいよって言っといて」

「二人が大学に着いたら絶対に教えてって言ってたから無理してでも来ると思うけどね」


仙台さんが一気に言ってベッドに寄り掛かると、私の手を掴む。


熱くも冷たくない手がくっつき、力が入る。


軽く手を引くと、指が絡まってきて必要以上と言えるほど親密に手がくっついた。


「学祭の話はこれで終わり。で、もう一つ」


手を繋いだまま仙台さんが言い、ベッドから背中を離して私に肩をぶつけてくる。


「もう聞かない」

「聞きなよ」


はっきりとした声で言い、仙台さんが私たちに間にあった隙間を埋めてくる。その結果、密着という言葉が相応しいほど近づくことになり、体の半分が仙台さんに奪われる。


「……今度はなに?」


くっついた体が気になって声が小さくなる。


「二人で出かける約束。あれ、目的地を決める前に行く日を先に決めない?」

「え、なんで?」

「宮城、期限切らないとずっと決めないでしょ」


仙台さんがにこやかに言い、私は繋がった手を引っ張って絡まった指をほどく。


「そんなことない」

「ありそうな顔してるじゃん」

「ない。迷ってるから先に日にちを決められたら困るだけ」

「駄目なら延ばせばいいし、決めておこうよ。とりあえず今週末はどう? って言いたいところだけど、来週は?」

「来週でも早い」

「いつがいいの?」

「……三ヶ月後くらい」

「来週の日曜日ね」


仙台さんは強引だ。


問いかけておきながら、答えは最初から決まっている。私がどんなに迷路で迷っていても、壁を壊してゴールへ真っ直ぐ連れて行く。立ち止まることも、違う道へ向かうことも許さない。


そのくせ、のろのろ歩く私をじっと待っていてくれるときもある。先へ行きかけても、背中が見えなくなる前に振り返って、私を見てくれる。


だから、私は渋々でも彼女の言葉を受け入れることになる。


「ハンバーグ作ってくれたら、来週でいい」


急がなくてもいいことを急ぐのだから、これくらいの我が儘は言いたい。


「今から?」

「ご飯もう食べたし、今からじゃなくていい」


明日でも明後日でもいい。

美味しいハンバーグを作ってくれたら、どこへ行くか来週の日曜日までに決める。


どこになるのかはわからないけれど。


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Translation Sources

Original