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Chapter 393

宮城が作った“いつもと同じ朝ご飯”は、いつも通り美味しかった。


割れていることがあった目玉焼きの黄身は割れることが少なくなり、最近は丁度良い半熟の目玉焼きとして出てくることが多い。ハムもパンも程よく焼けているし、今までやってこなかっただけで、宮城は料理ができない人間ではないのだと思う。


普段細かいことを言うことが多いわりに、料理をするときは大雑把になって分量を適当にするところを直してくれたらと思うけれど、宮城のそういう部分がなくなってしまうのは少し寂しいから今のままでもいいのかもしれない。


でも、可愛いという言葉を否定する癖は直したほうがいい。


「可愛くしなくていいって言ってるじゃん」


ドアを開けてはくれたけれど、部屋から出てこようとしない宮城が愛想のない声で言う。

いつも通りの反応ではあるが、たまには違う言葉がほしい。


「ちょっとメイクするだけだって」


宮城が日曜日とは思えない時間に朝食を用意してくれたから、ゆっくり食事をして、のんびり着替えをしたにもかかわらず、時間がたっぷりある。軽くメイクをしてから家を出ても遅くはない。


「やだ。しなくていい」


強い意志を感じる声が聞こえてくる。


「映画に行くときに着る服を選んでほしいんでしょ?」

「そうだけど……」

「だったら、メイクされなよ。洋服選ぶときにメイクに合わせたいからさ」

「それ、映画行くときはメイクするってこと?」

「もちろん。そのままでも可愛いけど、せっかく出かけるんだし、もっと可愛くしてあげる」

「しなくていい」

「宮城、こういうときは選ぶ人のいうことききなよ。洋服とメイクはセットだし、大人しく顔貸して」

「……仙台さん、ずるい」


宮城がぼそりと言ってドアを閉めようとするから、私は彼女の手首を掴む。


「このままじゃ洋服選べないし、大人しくメイクされなよ」


宮城が言う通り、私はずるい。


メイクをしなくても洋服を選ぶことができるのに、できないなんて言っている。けれど、今日の宮城は我が儘を聞いてくれそうで、掴んだ手首を引っ張る。


「……五分だけだからね」


諦めたように宮城が言い、部屋から出てくる。


「十分ね」


にこりと笑うと、宮城が足を蹴ってくる。それでも私の部屋まで来てくれて、ちょこんと床に座ってくれる。


宮城を呼びに行く前に準備をしておいたから、必要なものはテーブルの上に揃っている。


私は宮城の前髪をヘアバンドで上げ、メイクをしていく。宮城はああでもないこうでもないと不満をぶつけてくるが、逃げ出さない。


文句を言いながらも素直にメイクをされている宮城は可愛い。


本人に言いたいが、言えばメイクが途中でもこの部屋から出ていってしまいそうだから言わずにおく。


十分を過ぎて十五分になる前、宮城が「もういいでしょ」と私のお腹を押してくる。これ以上メイクを続けるのは無理そうで、私は仕上げに彼女の唇にリップを塗る。


「仙台さん、もういい?」


低い声に、いいよ、と答える前に宮城がヘアバンドを取り、立ち上がる。


デニムパンツにブラウスというシンプルだけれど、彼女によく似合っている格好に合わせてした薄めのメイク。


「可愛い」


メイクが終わった今、思ったことを胸の内に留めておく理由はなく、見たままを口にする。


「仙台さん、用意して。もう出発するから」


宮城が私の声が聞こえていないように振る舞う。


「お昼は外で食べるってことでいいんだよね?」


宮城なら買い物を昼前に切り上げて家へ帰ってこようと考えていてもおかしくはないから、聞いておく。


「……食べたくないなら、食べなくてもいいけど」

「二人で美味しいもの食べよう」


私は、家でご飯を食べると言いださなかった宮城に微笑む。


「じゃあ、私は部屋に戻ってるから、準備できたら呼びにきて」

「大丈夫。すぐ行けるから」


朝食はスウェット姿で食べたけれど、今はスカートとニットに着替えているから鞄を持つだけで出発できる。


「鞄持ってくる」


そう言うと宮城が部屋から出て行く。私も部屋から出て共用スペースで待っていると、すぐに宮城が鞄を持ってきて、二人揃って外へ出る。階段を下りて駅へと向かう道を歩きながら、宮城に尋ねる。


「行き先は私が決めていいんだよね?」

「私はどこがいいかわかんないし、仙台さんが決めて」

「じゃあ、前に宇都宮の服を選びに行ったところでいい?」


宮城の足が止まりかけ、少し低い声が聞こえてくる。


「いいけど……」

「けど、なに?」

「別に“けど”の続きはないから」


ぼそりと言って、宮城が大きく一歩前へ出る。

私も同じように大きく一歩踏み出し、彼女の隣を歩く。


「そっか。お店はほかのところも考えたんだけどさ。宮城、お店何軒も回ってくれないでしょ」

「当たり前じゃん。何軒も回らないから」


宮城が予想したことを予想した通りに言う。

だから、宇都宮の服を選んだファッションビルを今日の目的地にした。


「中のお店を数えるんじゃなくて、建物自体が一軒って扱いだから、いい服が見つかるまで中のお店を回るからね」


ビルの中には洋服を扱うお店が何軒もある。私に都合のいいルールだと思うが、宮城を必要以上に歩かせる必要がないし、彼女の気に入るものが見つかりそうだと思う。


「なにそれ、ずるい」

「ずるくない。あの中のお店は回り放題だから、ちゃんと試着してよ」

「仙台さんの嘘つき」

「嘘ってどこが?」

「存在自体」


宮城が冷たく言って、歩くスピードを上げる。

彼女が少し前を歩く。

私もスピードを上げると、宮城がまたスピードを上げて、私は彼女の手を掴んだ。


「予算は?」


掴んだ手を繋いで、洋服を選ぶに当たって大切なことを聞く。


「手、離して」

「予算教えてくれたら、離してあげる」

「あんまり高いのはいらない」


素直に宮城が答えて、名残惜しいけれど彼女の手を離す。


「わかった。どうしても着たくない服ある?」

「……可愛すぎるの、やだ」

「おっけー。高すぎなくて可愛すぎない服ね」


あれもこれもそれも。


片っ端から宮城に試着をさせるというのは無理だとわかっているし、お店にも迷惑だ。


それでもいろいろな服を着せたいと思っていたが、今の答えを聞く限り、可愛すぎる服を試着させようとしたら家へ帰ってしまいそうだと思う。予想していたことだけれど、残念だ。


私のしたいことをすべて押しつけるわけにはいかない。


大事なことは、宮城に似合う服を選ぶことだ。


無尽蔵に服を買えるわけではないし、宮城にも好みがある。


可愛かったり、大人っぽかったり、流行りの服だったり。


宮城が着ているところを見たことがないそんな服を選んでみたくもあるが、買っても映画のときに一回だけ着てクローゼットで一生眠ることになりそうだ。


そんなことになるくらいだったら、宮城が大学に行くときにも着てくれそうなオーソドックスな服を選んだほうが良さそうだと思う。


ただ、試着は、宮城が本気で嫌がらない範囲の中でなら多少遊んでもいいはずだ。


「仙台さん、こっち見てないで前見て歩いてよ」


宮城の不満そうな声が聞こえて、「大丈夫、前も見てるから」と返す。


私たちは取り留めのない話をしながら改札を通り、電車に乗る。

宮城はそれほど喋らない。

でも、それはいつものことで気にならない。


窓の外を流れる景色を見る。


いつもと変わらない街が、降り注ぐ太陽の光を跳ね返し、キラキラ輝いている。隣に宮城がいるだけで目に映るすべてがきらめくものに変わり、一人なら目的地に着くまでの退屈なだけの時間が特別なものになる。


宮城はいるだけで私の世界を変える。


「仙台さん、次で降りるんだっけ?」

「そうだよ」


電車がすぐに停まり、私たちはホームへ降り立つ。

人の波に流され、改札を通り、目的の場所に着く。


「ファッションショー開始かな」


館内には洋服を扱うお店がたくさんある。

すべてを回ることはできなくても、それなりの数は試着できるはずだ。


「むかつく。変なこと言わないで」


宮城が不機嫌極まりない声で言い、私の腕を押す。


「いいじゃん。モデルになった気分でついてきなよ」

「絶対やだ。普通に選んでよ」

「わかった。じゃあ、まずはスカートを決めよっか」

「映画行くとき、スカートって決まってるの?」

「決まってる」


笑顔を向けると、宮城の眉間に皺が寄る。


「……何回も試着しないから」

「百回も二百回も試着させたりしないから安心して」


宮城が私のことを考えて、私を喜ばせようとしてくれたこと。

この時間が一生懸命考えたとわかる時間であること。


そういうことが嬉しい。


だから、宮城の眉間の皺がなくなるように、私も彼女に楽しい時間を過ごしてほしい。


「このお店、シンプルな服が多いから宮城も気に入ると思う」


私は、足を止めている宮城の腕を引っ張った。


Translation Sources

Original