Chapter 394
一枚目はロング丈のフレアスカート。
合わせるもので大人っぽくもなるし、カジュアルにもなる。
宮城が持っている服と合わせやすいし、動きやすい。着せ替えをするときにはいてもらうことも多いから、宮城は黙って試着してくれた。
二枚目はプリーツスカート。
これも合わせやすいし、動きやすいスカートだから、すんなりと試着してくれた。
どちらも可愛くて、トップスも一緒に選びたくなったけれど、スカートと一緒に上も試着してなんて言ったら、宮城の眉間の皺が深くなりそうだからやめておいた。代わりに、二枚目の試着を終えた宮城に三枚目のスカートを渡す。
「仙台さん。これはいたら、もう試着しなくていい?」
渡したギャザースカートを受け取った宮城が面倒くさそうに言う。
「まだ来たばっかりじゃん」
「もう三時間ぐらい経った」
「一時間も経ってないと思うけど。映画に行くときに着る服を選んでって言ったの宮城なんだし、もう少し試着しなよ」
「そうだけど、さっきのとあんまり変わらないじゃん」
「かなり違うから。これはウエストのところからふわっとしてるでしょ」
「長さくらいしか変わんないと思う」
宮城が大雑把なことを素っ気ない声で言い、試着室のカーテンを閉める。文句を言いながらでもスカートをはこうとしてくれるのは有り難いが、試着はあまり好きではないらしい。
にこりと笑ってスカートをひらりとさせながら、試着したスカートを見せてくれる。
そんな宮城なんていないとわかってはいたが、想像以上に難しい顔をしている。
宇都宮と二人きりなら結果が違うのかもしれないけれど、私がいないときの宮城のことは知りようがないから、気乗りのしない顔で試着する宮城しか私は見られない。
前途多難。
そんな言葉が浮かぶくらい、宮城に楽しい時間を過ごしてもらうのは難しそうだと思う。だが、諦めるわけにはいかない。
「仙台さん、はいた」
試着室のカーテンが開き、ギャザースカートをはいた宮城が現れる。
「可愛い。似合ってる」
「仙台さん、そればっかじゃん」
「そんなこと言われても、本当のことだし」
嘘は一つもついていない。
可愛い。
似合ってる。
この言葉は宮城のためにある言葉だ。
私の中にある言葉をすべてかき集めて構築し直して宮城を褒め称えてもいいけれど、今でさえ険しい顔をしている宮城にそんなことをしたら、間違いなく試着という楽しいイベントが終了してしまう。
「三枚とも似合ってたんだけど、いろんなスカート見たいし、ほかのところも見ようか」
にこりと笑って宮城に告げる。
「え、やだ。今の三枚の中から選べばいいじゃん」
「まだ時間たくさんあるし、もう少し付き合いなよ。とりあえず着替えて」
宮城が不満げな顔をしているが、試着室のカーテンを閉める。慌てなくていいからね、と付け加えて店内を見ながら待つこと数分。着替えた宮城が出てくる。
「試着ってあと何回くらい?」
ため息交じりに宮城が言って、靴を履く。
「そんなにたくさんじゃないから大丈夫」
軽く答えて、私たちはスカートを返し、次のお店へ向かう。
「仙台さんって、ほんとに服選ぶの好きだよね」
「まあね。宮城の服、毎日選んでもいいくらい」
「絶対やだ」
冷たい声が返ってくるけれど、宮城は隣を歩いてくれている。
歩幅を合わせ、同じ速度で私たちは前へ進む。
「宮城って本当にけちだよね」
「今日、服選ばせてあげてるんだからけちじゃない」
「確かにね。今日は優しい宮城だ」
そう言うと、宮城の歩くスピードが少し遅くなる。
私も彼女に合わせてスピードを落とすと、ぼそぼそと小さな声が聞こえてくる。
「仙台さんはエロ魔人だよね」
「今日はそういうことしてないと思うけど」
「言わなくていいことばっかり言うし」
宮城が私の言葉を無視するように言うから、「言わなくていいことって?」と問いかける。
「可愛いとか似合うとか、そういうの」
「本当のことだから」
宮城は返事をしない。嘘つきとも言わない。けれど、黙ったまま勝手に目的のお店とは違うお店に入ろうとして、私は彼女の手を掴んだ。
「宮城、私の駄目なところじゃなくていいところもいいなよ」
「ない」
「即答なの酷くない?」
はあ、とわざとらしくため息をついて宮城を引っ張る。
ゆっくりと歩き出すと、平坦な声で宮城が言った。
「じゃあ、綺麗で優しい」
「え?」
予想もしていなかった言葉に思わず声が出て、掴んでいた手が私から逃げ出す。
「服、真剣に選んでくれてるし」
宮城がぼそりと言い、「服選ぶこと以外に好きなこと見つかったら、ちゃんと教えて」と付け加える。
「わかった」
短く返してから、少し先を指差して「次はあのお店」と宮城に告げる。でも、次のお店は宮城のお気に召さなかったらしく、お店の前へ行ったところで「可愛すぎる」と入店を拒否される。
――やっぱりか。
入ろうとしたのは、フリルとレースがやや多めのガーリー系のお店で、宮城が普段着ないような服が置いてある。嫌だと言われるのは想定の範囲内だったが、予想以上に拒否反応が強く、宮城は店内に足を踏み入れようとしない。
「こういうの、好きじゃない?」
「好きじゃない」
宮城は“可愛い”という言葉を極端に嫌うけれど、普段着ない“可愛すぎる服”も似合うはずだ。
せめて試着だけでもしてほしいと思ったが、本気で嫌だと思うことをさせたいわけではないから諦める。
「だったら、ほかのお店にしよっか」
そう言って歩き出すと、宮城があとをついてくる。
今度は彼女が妥協をしてくれそうな可愛いけれど少し落ちついた服があるお店で、店内に入る前に「ここはどう?」と尋ねると、「いいけど」と返ってくる。
中に入ってスカートを探す。
何枚か宮城に似合いそうなものが見つかるが、プリーツフリルのスカートは却下される。
「だったら、このロングスカートは? ちょっと試着してみなよ」
何の変哲もなさそうなスカートを渡すと、気が乗らなそうな顔をしつつも宮城が試着室に入り、カーテンを閉めた。でも、五分経っても試着室のカーテンが開かない。
「宮城?」
呼びかけるが返事がない。
「宮城、スカートはいた?」
もう一度呼ぶと、「仙台さん、ずるい」と恨みがましい声が聞こえてくる。
「なにが?」
「なんか、すごく足見える」
「ちょっとスリットが入ってるだけでしょ」
「ちょっとじゃない」
「ちょっとじゃないか見てあげるから、開けて」
声をかけるとゆっくりカーテンが開き、愛想の欠片もない宮城が現れる。
「足はそんなに見えてないし、似合ってる」
宮城がはいているスカートは、膝辺りまでのスリットがサイドに入っているが、足が見えすぎるというほどではない。
彼女が普段はかないタイプのスカートだけれど、ちらりと見える足がとても綺麗で毎日でもはいてほしいと思う。でも、宮城が文句を言うのもわかる。
「ちょっと待ってて」
私は宮城に背を向け、新しいスカートを持ってくる。
「そのスカートが気に入らないなら、こっちはいて」
そう言って甘すぎない雰囲気のティアードスカートを渡すと、「これが最後だからね」と返ってくる。
「宮城のケチ」
私の言葉をなかったことにするようにカーテンが閉められ、数分後に開く。愛想のない宮城がスリットが入ったスカートを差し出してきて、私はそれを受け取る。彼女は一言も発しないが、ティアードスカートはちゃんとはいてくれている。
「可愛い。こういうのも似合うね。こっちとどっちが好き?」
さっき渡されたスカートを見せると、難題に取り組む受験生のように宮城の眉間に皺が寄る。
どっちもやだ。
そんなことを言いそうな顔だが、はいているスカートを軽く持ち上げてひらひらさせると、観念したように言った。
「どっちか選ぶなら、今はいてるほう」
焦げたトーストを食べたときのように渋い顔だが、答えてくれてくれたことを喜びたいと思う。でも、仕方なく選んだスカートで試着が終わりというのも面白くない。
「そっか。時間あるし、もう一枚くらいはいてみない?」
「はかない。試着はこれが最後って言ったじゃん。今まで着た中から選んでよ」
宮城がむすっとした顔で言う。
「んー、そうだな」
私は宮城が試着した五枚のスカートを頭に浮かべる。
一枚買うなら、手持ちの服と合わせやすくて、宮城がはきやすいスカートがいい。
「最初のお店に戻ろうか」
笑顔で宮城に言うと「わかった」と返ってきて、最初のお店に戻る。
「これがいいと思う」
私は二枚目に試着したプリーツスカートを宮城に渡す。
三枚とも似合っていたが、一枚選ぶならこれまであまりはくことがなかったものがいい。
「仙台さんがそう言うなら、それでいい。買ってくる」
「うん、待ってる」
私からスカートを受け取ると、宮城がレジに向かう。
今日はいい日だ。
こうして彼女を待っている時間すら楽しい。
何十分でも待っていられる。
でも、側にいてくれたほうが何倍も楽しいから、それほど待つことなく宮城が戻ってきて心が躍る。
「仙台さん、買ってきた」
「じゃあ、行こうか」
お店を出て、私は足を止める。
「あのさ、宮城。もう一枚すごく似合ってたのがあるんだけど、私が買ってもいい?」
そう尋ねると、宮城が怪訝な顔をした。