Chapter 395
「……買ってもいいって、仙台さんがはくスカート?」
仙台さんは間違いなく「私が買ってもいい?」と聞いてきた。
今日は私の服を選んでもらう日だけれど、仙台さんが買いたいものがあるなら買ってもいい。そんなことは当たり前のことだ。
でも、彼女は「私が買ってもいい?」と聞く前に「宮城。もう一枚すごく似合ってたのがある」とも言った。
おかしい。
変だ。
気に入ったスカートが見つかって、それが仙台さんのはきたいもので、自分がはくために彼女が買うのはかまわないけれど、彼女が私に似合うスカートを買うのは違う。絶対にろくなことにならない。
私は仙台さんをじっと見る。
彼女の口角は上がっている。
にこにこしていて上機嫌と言ってもいい。
悪い予感しかしない。
「私が買いたいのは、宮城がはくスカート」
仙台さんが語尾に音符が三つくらい付いていそうな声で言う。
「スカートは自分で買うからいい」
「私と宮城、どっちが買うかは別にして、どのスカートを買いたいのか聞くぐらいのことはしなよ」
「絶対に私がはきたくないスカートだから聞かない」
断言して、仙台さんに背を向ける。
でも、どこへ行けばいいのかわからなくて足を動かすことができない。
「宮城」
仙台さんが私を呼ぶ。
振り向かずにいると、私の隣にやってくる。
彼女をちらりと見る。
私と行きたいところ、宮城が決めて。
仙台さんのこの言葉が発端となって、今日がある。始まりを考えると、私が仙台さんと行きたいところを決めなければいけなかったけれど、私はほんの少しズルをして行きたいところではなく、仙台さんとしたいことを決め、行く場所は彼女に丸投げした。
それは仙台さんが楽しいと思うことをするためだけれど、私がズルをしたことも考えて、今日は大人しく仙台さんのしたいことを受け入れようと決めていた。
でも、だけど、だけど。
私は、買ったばかりのスカートが入っている袋を見る。
「宮城が絶対にはきたくないもの買ったりしないから、話くらいは聞いてよ」
仙台さんの声が聞こえてきて、仕方なく答える。
「聞くだけでいいなら。……どのスカート?」
「スリット入ってるスカート」
即答されて「絶対やだ」と返す。
「試着したスカートよりスリットが控えめならいい?」
「そういう話じゃない」
「じゃあ、私がはくから、買いに行くの付き合って」
なんでもないことのように仙台さんが言い、私の腕を掴んで歩き出す。私は引っ張られるまま足を動かし、文句をぶつける。
「嘘でしょ、それ」
「本当」
「絶対嘘だと思う」
「今日は宮城の服を選ぶ日だしね」
明るい声が返ってきて、私はスリットが入ったスカートがあったお店へ連れていかれる。さっき試着したスカートを仙台さんが見て、もう一度スカートを選び直す。私は少し離れ、彼女を視界に入れる。
私の服を選ぶことのどこが楽しいのかわからないが、とても楽しそうに見える。
「宮城、ちょっとこっちきて」
弾んだ声が聞こえて彼女の側へ行くと、さっき試着したスリット入りのスカートに似た別のスカートが私の前に出てくる。
「似合ってる」
私の体にスカートを当てて、仙台さんが言う。そして、「試着する?」と聞いてくるから、「しない」と答える。
「そっか。じゃあ、スカートはさっき買ったので終わりにして、ほかのもの見に行こうか」
羽が生えたような軽い声とともに、仙台さんがスカートをもとあった場所に戻す。
「いいの?」
「宮城、今のスカート気に入ったの?」
「そういうわけじゃない」
「だったら、行こう。宮城がはきたくないもの買ったりしないって言ったでしょ」
にこりと仙台さんが笑う。
こういうのはずるい。
こんな風に優しい言葉をかけられたら、無視できるわけがない。ほんの少しのズルをして行きたいところを決める話をしたいことを決める話にスライドした上に、優しい仙台さんを無視したら、私がとんでもなく悪い人間のようだ。
「……買ってくる」
言わなくてもいい言葉が口から転がり出る。
「え?」
「仙台さんはここにいて」
私は仙台さんが戻したスカートを手に取る。
控えめだけれどスリットが入っているから試着をするつもりはないけれど、さっきここではいたスカートとサイズがそれほど変わらないように見える。
「宮城?」
「迷子になったらやだから、そこから絶対に動かないで」
目を丸くしている仙台さんを置いて、レジへ向かう。
本当に嫌になる。
仙台さんがもっと強引だったら、絶対に嫌だと言ってこのスカートを買ったりしないのに、変に遠慮してくるから買わなくてもいいスカートを買うことになった。
私はお金を払い、仙台さんのところへ戻る。
「買ってきた。次、どこ行くの?」
「お金、私が払う」
「私のものは私が買うからいい。仙台さんは次行くお店決めてよ」
「わかった。とりあえず出ようか」
私たちは行き先を決めることなくお店を出る。
一歩、二歩。
ゆっくり歩いていると、仙台さんが「スカート、試着しなかったけど似合うと思うよ」と言い、「せっかくだし、靴も選びたい」と続けた。
「靴は洋服じゃない」
「靴も合わせたほうが可愛いと思うけど」
「そんなにお金使うつもりないし」
「……あのお金は?」
高校生だった私が仙台さんに渡した五千円を貯めたもの。
仙台さんの“あのお金”がそれを指しているとすぐにわかって、私は「使わなくていい」と告げる。
「だよね。まあ、今日のところは諦めるか。でも、いつか靴も選ばせてよ」
「やだ。でも、今日みたいな楽しそうな仙台さんはいいと思う」
「え?」
「仙台さん、すぐ“え”っていうのやめたほうがいいよ」
「……それは私も思ってるんだけど」
仙台さんが珍しく困ったように言って、はあ、と息を吐き出す。
彼女には可愛いという言葉よりも綺麗という言葉が似合うけれど、こういうときは可愛いがぴったりだと思う。
「仙台さん。まだ服選ぶんだよね?」
スカートを買ったし、仙台さんが楽しそうな顔をしてくれた。
今日の目的は果たしたと言ってもいい。
けれど、日曜日は始まったばかりだ。
「上に着るもの、選びにいこっか。……と言いたいところだけど、お腹空かない?」
仙台さんがにこやかに言い、私は自分のお腹を押さえる。
ぐう、とは鳴かないが、ぺたんとしている。
「空いた」
「じゃあ、二人で美味しいもの食べよっか」
そう言って、仙台さんが笑った。